今回、お邪魔したのが「井筒ワイン」。昭和8(1933)年創業の老舗。当初は生食用のブドウで、葡萄酒という言葉が合うようなものを作っていた。この井筒ワインやお隣にある「五一わいん」の林農園で、切磋琢磨するうちにメルロー種が合うと分かった。
そして、大手のメルシャンがこの地に畑を求め、「桔梗ヶ原メルロー」を作り、国際的に高い評価を受け、知られるようになった。
私事をいえば、そのメルシャンでメルローを植えた責任者、麻井宇介〔あさいうすけ〕さんは、私のワインの先生。偏見を偏見と教えてくれた人。そして、日本のワインを変え、育てた人。
日本のような気候風土では、真っ当なワインなど出来ない。ワイン造り初期、明治時代のいくつかの失敗から、多くの人々がそんなトラウマに囚われていた。
そんな中で、今は亡き麻井さんが意識を変え、世界水準の栽培や醸造の技術が導入された。そして、この十数年で、劇的に国産ワインのレベルが上がった。美女が育った。
さて井筒ワイン。ここでは樽の中でワインが眠る、地下のセラー(蔵)に一般の客も入れてもらえる。その静謐の中に身を置き、そして、試飲をさせてもらうとさらに、この地と、ワインと対話をさせてもらうような気分になる。国産ワインを育んできた人々の想いに触れたような気持ちになる。親しみを抱く。
あれこれ試し、最高級のメルロー、「樽熟/スープリーム07」を奮発した。近所のイタリアン「アルセーバ」で開けてもらう。店にもいくらか置いてあるし、このようなことも出来る。
自家製の鹿の生ハム、安曇野〔あずみの〕の牛乳で作ったこれまた自家製のチーズ、野生種のルッコラ(セルバーチコ)と合わせた前菜、県産小麦粉を使ったパスタに、松本の福祉施設で飼育している鴨のラグー、これまた県産牛のサーロイン。
どれも、素晴らしい相性の結婚〔マリアージュ〕。しっかりとしたボディを持ちながら、優しく滑らかな味わいのメルローが、日本人の顔をして出来上がっているのを実感する。時間を経るうちに徐々に表情を変えていくのも、高級ワインのそれ。信州同士で響き合う至福。
ほかにも塩尻には、地場のヴィンテージワインを持つおソバ屋さんも、成長著しい城戸〔きど〕ワインもある。小諸から長野周辺には、小布施ワイナリー、サンクゼール、エッセイスト・玉村豊男さんのヴィラデストなど、旅の目的地に相応しいワイナリーが多々、ある。美食も。
というわけで、ワイナリーを訪ね、現地でお好みを探す旅のお薦め。