大相撲春場所が沸いている。前売りは千秋楽まで完売で、当日券の自由席が若干残っているだけ。話題の中心はもちろん、すっかり〝時の人〟となった大関・琴奨菊である。先場所は2006年初場所の栃東(現玉ノ井親方)以来、日本出身力士として10年ぶりに優勝。今場所は2場所連続優勝、若乃花(1998年7月横綱昇進、現タレント)以来、18年ぶりとなる〝純国産横綱〟誕生の期待がかかる。
しかし、横綱の白鵬、日馬富士、鶴竜ら、モンゴル人力士たちの胸中はさぞかし複雑ではなかろうか。日本出身力士が優勝できなかったこの10年、大相撲を支えてきたのは、間違いなくモンゴル人たちだったからだ。
気遣いの人
その間、2010年に野球賭博問題が発覚し、NHKの中継が中止となり、大関・琴光喜が相撲協会に解雇された。翌11年にはさらに、賭博に関与していた力士たちによる大がかりな八百長も明るみに出た。春場所が開催中止に追い込まれ、20人以上の力士が出場停止や引退勧告を、北の湖理事長(故人)をはじめ大勢の年寄や親方が降格や減俸などの処分を科された中で、白鵬らモンゴル人力士たちはいつも黙々と土俵の充実に努めていた。
ところが、大相撲の人気が復活した15年、白鵬が思わぬ〝舌禍事件〟を起こす。初場所優勝の翌日、二日酔いのために一夜明け会見に1時間も遅刻した上に、稀勢の里戦を取り直しとされた判定に不服を唱えた。「ビデオを見れば子供にでもわかる」とビデオ担当の錣山親方を批判、「肌の色は関係ない。髷を結って土俵に上がってるなら日本の魂。同じ人間ですから」と、暗にモンゴル人が差別を受けていることまでにおわせたのだ。
そこへ持ってきて、今年は初場所から大変な〝琴奨菊フィーバー〟である。白鵬だけでなく、モンゴル人たちが面白くないと思っていても何の不思議もない。むしろ当然だ。
私は2009年、雑誌の仕事で数カ月、白鵬に密着取材した経験がある。毎日のように東京都墨田区にある宮城野部屋に通い、じっくり稽古を見て、何度もインタビューを重ねた。モンゴル人力士同士のバスケットボールなども見に行き、錦糸町で一緒に焼き肉を食べ、2次会のカラオケパーティーにも参加させてもらった。そうした最中にも、白鵬は「肉はおいしいでしょう?」「楽しんでますか?」と、しきりに私を気遣ってくれたものだ。