いま、クマムシ全体で1000種類ほど報告されているんですが、そのうち170が海のクマムシ。たったこれしかいないというわけはないんで、単に調べられていないだけなんですよ。
コケのクマムシはわりと身近だから研究者はほかにもいるんです。乾眠はコケのクマムシの特性だから、これはやはりクマムシ研究のメインストリーム。この分野は分子生物学で結果が出始めている。コケのほうは、東大などでゲノム解読プロジェクトもひと段落しましたし、僕の興味は、今は謎が多い海のほうに向いています。
でも、自分で分子生物学をやる気はないんです。ぼくは昆虫採集に行くのが好きなのでね。採集で海に行くのが好き。実験室でピペットとか試験管とか使ってやる仕事はもういいや、と思っているんです。
●あの、せっかくクマムシの専門家になったのに、研究のメインストリームである研究はやらないんですか?
——ぼくにはお金も人手もないですから。ゲノムを解読するような仕事は、お金とマンパワーがあるところでやればいいんです。ぼくは、ほんとはみんなやりたいんだけどなかなかやりたくてもできない昆虫採集みたいなことをやっていくんです。
ぼく自身は年間20〜30万円もあったらうれしいですね。もちろん、大きな機械を買って、人をたくさん雇って進めないといけない研究も絶対ありま す。だけど、ぼくがやりたいのはそういう「ビッグサイエンス」じゃない。ぼくがやりたいのは、あちこちの浜で砂をとってきて顕微鏡で見るという、コツコツ と博物学を続けていくことなんです。そのための旅費と、あとは時間がほしいだけ。
●あの、昆虫採集っていうと、あまり学問っぽくない感じがしませんか? なんだか少年っぽすぎるといいますか…。
——そう? アカデミックな感じはものすごくあると思うけどな。そう、僕が学生の頃、分子生物学は新手の分類学だね、と言った先生がいます。新しい分子が見つかれ ば、やっぱりうれしい。そういう新規の発見をしたいということが研究の原動力となっていると思う。それは、対象にしているものは違えど、昆虫採集のハン ティングの興奮と実はいっしょだと思うんです。そのおもしろさを伝える方法は分かれるかもね。「これおもしろいでしょ」と言うことだけで一所懸命やってい るぼくらみたいなのと、「これはこんなふうに役に立つんだ」と言ってお金をいっぱい集めてやるのとは違う。
●最近、クマムシがひそかに注目を集めていますよね。先生には、みんながクマムシをかわいいと言い始めたから少し面白くない、みたいなところがありますか? 売れないアイドルを熱心に応援していたのに、売れちゃうとちょっと冷めちゃうマニアみたいな。
——かなりありますね(笑)。でも、ある対象を追いかけて研究している人は、みんなそうじゃないかな。まあ、ぼく自身はそうですね。といいつつ、あちこちでかわいいかわいいと言っちゃってますが。