●自律型を諦めて遠隔操作型に移ることに葛藤はなかったですか?
――遠隔操作型ロボットはタブー、というか、そんなことやってもしょうがないという雰囲気でしたが、私は無理なことをいつまでもやっててもしょうがないし何か間違っているのかもしれないとも思いました。問題を解けないままに置いといて、次にできることをやるしかないんです。まあ、かなり異端だったと思いますよ。研究者はいったん分野ができると、それしかものが見られなくなる。でも、そもそも研究というのはそうじゃない。既存の分野にとどまっていたって新しいことがやれるわけないんです。
●だんだんチャレンジングじゃなくなっていく恐怖というのはないですか?
――実をいえば、ちょっと前には、自分はダメになるかもと思っていたんですけどね。最近、まだまだチャレンジングでいられることがわかってきた。またちょっと乗り越えた気がします。著書を書いたりして自分を整理できたのもよかった。
●ミニマルデザインの次に見据えているのはどんなものですか?
――実体のないロボットです。声だけで人の存在が感じられるもの。目をとじて、誰かがしゃべったらそこにいると思えるもの。聴覚だけでその人の存在が感じられるもの。これまでのスピーカーというのは、忠実に音を再現するということはやってない。人間がしゃべると体で反響するけど、スピーカーはそういう音の再現方法はとってないんですね。たとえば、奥さんが「あんた何してんの」と言ったらほんとにびくっとするようなロボットを手がけるつもりです。そうなると、実体はもういらない。
●最初は見かけから入ったのにもう見かけはいらなくなったというのがおもしろいですね。
――そのうち仏教みたいに「無」にたどりつくかも。最後は宗教かなぁとも思いますよ。産学連携ならぬ教学連携かな(笑)。科学であいまいなところに適当な理由をつけて安心感を与えるような宗教ではなく、あいまいなところを考え続ける宗教をやりたい。人間とは何か考えてもわからないけど、考えることをやめられない。それが安定であり幸せ。そういうことを共有できるような宗教をやりたい。それはいってみれば科学ですけども、一般の人は宗教と言わないと敷居が高いだろうから。
私は、いまの社会で日本を持ち上げるには、哲学をもたせるしかないと思っています。そのために、ロボットの話で人を泣かせてみたい。泣くほど感動すれば、その人は哲学を始めるでしょうから。「アンドロイドサイエンス」で一般の人にも哲学を始めるきっかけを持って欲しいと願っているんです。
◎略歴
■石黒浩〔いしぐろ・ひろし〕大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻教授、国際電気通信基礎技術研究所(ATR)フェロー。1963年生まれ。人間酷似型ロボット研究の第一人者。ロボット工学と認知科学、脳科学を融合し、人間とは何かを探るアンドロイドサイエンスを提唱。京都大学大学院助教授、和歌山大学システム工学部教授などを経て現職。
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