焼きの性能は満たしたものの、営業部門からは商品パッケージにした際のサイズが大き過ぎるとクレームが来た。場所を取るパッケージだと小売店から敬遠されるからだ。結局、40を超える試作を経て、最終仕様が決まった。
開発の過程では社内からさまざまな“異見”が寄せられた。サンマなどの魚が「丸ごと焼けなくて大丈夫か」、4パックで315円という価格は「高すぎないか」といったものだった。しかし、十田は「切り身だからこそ商品の特徴が出せるし、簡単調理などのメリットを考えれば価格も受け入れられる」と自信をもって押し返した。スーパーなどで売られる魚は切り身が多く、十田には単身者だけでなく主婦も手軽に購入する光景が眼に焼きついていた。
数字に頼らず「生活シーン」を重視する
オフタイムも含め、十田には「小売店めぐり」が日課となっている。仕事に直結する日用品のコーナーにとどまらず、食品や洋服などさまざまな業態の店を回る。商品の種類や展示の仕方、売れ筋などをさりげなく観察することによって、個々の消費者の「生活シーンを想像する」のが習い性となっている。
魚売り場からは、単身世帯の増加やそれに伴う「個食」のシーンが浮かんでいたし、調理の手間を省きたい主婦のニーズを読み取っていた。入社3年目に研究所から商品開発部門に移った際、先輩社員からは「外に出て消費の現場を見てきなさい」と言われたという。忠実に実行するうちに、小売店めぐりが身に染み付いてしまった。
一方で十田は、いわゆるマーケティング活動で上がってきた調査データの「全体は見ない主義」だという。データに振り回されると、消費者の隠れたニーズが埋没することが多いからだそうだ。商品企画では、消費の現場回りで自ら描いた生活シーンを主体に据え、調査データはあくまで補完的なものと位置づけている。
十田はかつて、90年代半ばに「無香空間」という香りのない消臭剤を開発したことがある。芳香剤でイヤな臭いを打ち消すというのが、消臭剤の常識であり、この時も社内では異論が続出した。しかし、人工的な香りを敬遠する層がいるはずだとの十田の狙いは当たり、ヒットにつながった。
小林製薬の企業メッセージは、「あったらいいなをカタチにする」だ。埋もれた消費者のニーズを発掘しながら、他企業が手がけていない商品を続々と送り出してきた。トイレ洗浄剤の「ブルーレット」、解熱シップ薬の「熱さまシート」など、生活シーンを変えたロングセラー商品も少なくない。
十田は「全体の20%という少数派のニーズ」であったとしても、商品コンセプトがしっかりしていればヒットにつながる可能性は高いと言う。小売店めぐりという現場主義と、調査データに隠された数字からニーズを読み解く十田の「あったらいいな」探しはこれからも続く。(敬称略)