赤坂英一の野球丸

2017年1月18日

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〝格闘技スライディング〟の元祖

 そうした〝格闘技スライディング〟の元祖は、1951年に巨人初の外国人として来日した日系アメリカ人、ウォーリー与那嶺(2011年85歳没)だ。日本で初めて本塁でのタックルや二塁での併殺崩しをやって見せたのも与那嶺で、最初に二塁手を吹っ飛ばしたときは、あまりの荒っぽさにびっくりした審判が、与那嶺がセーフだったにもかかわらず、「守備妨害でアウト」と判定してしまった。

 与那嶺は引退後も、中日、ロッテ、巨人、西武、日本ハムなどで監督、コーチを歴任。自分が現役時代にやっていたタックルやスライディングを日本の若い選手に教え込んだ。私も駆け出しの記者だったころ、キャンプで与那嶺式のスライディング練習を見たことがある。選手にスポンジの詰め物が入った専用パンツ(スラパン)をはかせ、二塁や本塁にボクシング用のサンドバッグを置き、コーチに後ろから支えさせると、次から次へと選手たちに突っ込ませるのだ。西武ではあの清原和博も猛然とサンドバッグに体当たりして、後ろのコーチに悲鳴をあげさせていた。

 そういうスライディングが当たり前だったころは内野手もケンカ腰で守っていた。走者をヒラリとかわして着地するとき、仕返しとばかりに走者の身体を踏んづけたりする選手もいて、そこから乱闘が始まったりもした。もうああいう血湧き肉躍る場面も見られないのかと思うと、寂しい気がしないでもない。

  
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