この企ては当たりまして、会場の三越デパートには3週間で15万人もの観客がつめかけました。普段美術展などみたことがないようなおじいさん、おばあさんたちが来てくれた。人ごみのなかで、印籠のケースに首を突っ込んで覗き込んでいるおじいさんの禿げた後頭部に玉の汗が浮かんでいるのを見てジーンときましたね。
その後、60代になってこだわったのが「アニミズム」。物神崇拝とか自然崇拝とか、なかなかうまい訳語が見当たらないけど、すべてのものに霊魂が宿っているということですね。これと美術とのつながりについては、それまであまり言われてきてなかったんです。これは、日本文化研究センターにいたときに、梅原猛さんから示唆を受けて、日本美術を解くもうひとつの鍵と考えるようになりました。
●30代が「奇想」、40代が「遊び」、50代が「かざり」。60代が「アニミズム」。時代ごとにキーワードを掲げるのが辻流、でしょうか。
——又兵衛は例外ですが、私はどちらかといえば、一つのことを長い間ずっと掘り下げ続けるというタイプではないんですね。だから、面白いものを見つけたらそれに向かって邁進し、また面白いものを見つけたら、またそれに向かって邁進、というスタイルが性に合っているんでしょう。
思うに、キーワードというのは魚釣りのときの釣り針、といいますか、釣り針につけるエサみたいなものですね。エサを変えるといろいろと違った魚が釣れておもしろいんですよ。「アニミズム」というエサもなかなかおもしろいものが釣れるんです。そう、若冲や北斎もたいへんなアニミストですよ。
●では、70代から80代のキーワードはなんでしょう?
——キーワードを考える体力はもうあまりないですね。まあ、キーワードは3つ4つあればもういいんじゃないかと。
私が70代でやった仕事は、『日本美術の歴史』(東京大学出版会)という本です。縄文時代から現代まで、日本美術の全体像を自分の頭で一度組み立ててみたいということでした。結局、半分ぐらいは自分の言葉で書けなかった気がしていますが、個人で通史を書く上での限界かなとも思います。
私はもちろん、自分が指摘してきたことが日本美術の特徴のすべてであるとはもちろん思っていません。私の目的というのは、簡単に言えば、日本美術をおもしろくしてやろうということです。おもしろいか、おもしろくないかって、非常に重要だと思うんですよ。それを第一の価値基準としてものを見ています。そういう意味では、私も多少なりとも貢献したかなと思っています。