サルマーン訪問に合わせて、イスラム過激主義と対峙し中庸イスラムを普及させること等を目的とする「キング・サルマーン国際平和センター」をマレーシアに創設することが発表された。しかし、オサーマ・ビンラーデンや911事件の実行犯の出自を持ち出すまでもなく、サウジのワッハーブ派が穏健とは程遠いという見方は米欧のみならずアラブ・イスラム世界でも幅広く共有されている。中庸イスラムは寧ろ、歴史的に民族・文化・宗教・宗派等の多元主義を涵養してきた東南アジアの方が「本家本元」であり、同センターがそのスローガンとは裏腹に、サウジの狭量で排他的な宗教イデオロギーを東南アジア、更には東アジアにまで一挙に拡散させる一大拠点となる恐れがある。
インドネシアの方は寧ろ、近年サウジとの関係悪化が甚だしいイランへの接近が注目されていた。昨年12月にはウィドド大統領が、そしてサルマーンのジャカルタ到着の数日前には経済代表団がイランを訪れ、イランからの石油ガス輸入の増加等が協議された。こうした中のサウジ国王の訪問はイランへの牽制とも解釈できる。今回、ジャワ島南部の製油所拡張等に合計約70億ドルの投資が合意されたが、こうした「ニンジン」が同国をイランから遠ざけるための道具として使われた、或いはこれからも使われる可能性は十分にあり得る。
モルジブで中国と組むサウード家の思惑
ヨルダンでのアラブ首脳会議(3月29日)出席の前に「休暇」目的での滞在が予定されていたモルジブはサルマーン一家のお気に入りのリゾート地のようである。少なくとも近年では、サルマーン本人が2014年2月から約1カ月間滞在した他、息子で現副皇太子のムハンマド・ビン・サルマーンも2015年夏に滞在したという報道が確認できる。今回訪問が実現しなかったとはいえ、同国に伸ばそうとしていたサウジの「触手」については言及に値しよう。
3月初めモルジブ政府が同国を構成する26の環礁の一つであるFaafu環礁をサウジに数十億ドルで「売却」する予定だと報じられると、野党は「サウジによる植民地化」に他ならないと反発し、強制退去等を心配する同環礁住民によるデモも発生した。同国政府はサウジが計画しているのは、富裕層向け観光開発としての約100億ドルの「投資」だと説明し「売却」については否定した。かつてワッハーブ派とは対極の、スンナ派世界で最も自由で大らかと言われていた同国でも近年は過激化が進み、総人口わずか4万人の内200~300人がイスラム過激グループに加わるためにシリアに向かったという数字がある。野党はサウジの影響力の増大が同国での過激化に一層の拍車をかけるものと警戒している。この他、サウジから中国に輸出される石油の重要なシーレーンに近いこの地点を抑えるために両国共同或いはそれぞれ単独で軍事基地を作る計画についての報道も散見される。「インド洋の楽園」を巡って「きな臭さ」が漂う中、中国と組んだサウード家のしたたかさも垣間見える。
ブルネイ訪問後にやはり「休暇」で1週間余り過ごしたバリ島及びモルジブに近いミャンマーでは、ムスリム少数民族ロヒンギャが政府や仏教界から迫害を受けている。サルマーンは莫大な金をリゾート地で湯水の如く使う代わりに、彼ら同胞のために何かする気はなかったのかという疑問が沸いてくる。サウード家のこうした贅沢がイスラムの道からの逸脱だとして過激組織「イスラム国」等からの怨嗟を招いていることへの自覚が足りないと言わざるを得まい。中国についても、2006年(アブドッラー前国王の皇太子時代)、2014年(サルマーン現国王の皇太子時代)等、過去の訪中時に何度も機会があった筈なのに、中国西北部のムスリム少数民族への弾圧について共産党政府に面と向かって抗議したという形跡がないのも「スンナ派の盟主」という看板に傷をつけまいか。