2024年4月20日(土)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2010年6月16日

 「中国は経済発展しても、それが労働者の賃金に反映されることはありませんでした。というより労働力を提供する地方と企業が一体化して賃金を上げなくても済むようなシステムを作り上げていたのです。賃上げの要求が出てくる熟練工を生みださないよう、一定期間が来ると労働者を入れ替えるやり方です。企業は常に若くて安い労働者を循環させることができ、地方としては出稼ぎ希望の農民を順番に出すことで広く機会を提供できる。もちろん賄賂もその度に発生するのでしょうから、賃金が上がらない労働者以外は八方丸く収まったというわけです。しかしこのシステムには重大な欠陥がありました。というのも工場は常に未熟な労働者ばかりとなり、現場では作業中の事故が絶えないという問題が持ち上がったからです。事故は多い時期には年間、広東省だけで約3万から4万件。それだけの人が事故で腕や指を失ったといわれているのです。こんな傷みにいつまでも耐えられる社会はありません」

古くなった鳥はもういらない

 安い労働力を牽引力とした経済発展に、最初の破たんが訪れたのは3年前の2007年のことだ。直撃を受けたのは労働集約型産業の底辺である中小企業だ。この産業の〝寿命〟が尽きたことは、同年に世界の工場・最前線の広東省党委員会書記に就任した汪洋が、その直後に「鳥かご理論」を打ち出したことに象徴されている。「鳥かご理論」とは、もう古くなった鳥には出て行ってもらい、新しくきれいな鳥に来てもらうことを意味した言葉だ。

 経済発展の初期段階には大きな動力となる労働集約型の産業は、社会の成熟とともにさまざまな齟齬をきたすようになる。環境保護の意識も低いこうした企業を一括りに〝古い鳥〟と表現したのは、つまるところ高付加価値型産業への脱皮宣言だったのである。

 時を同じくして中国で起きたのが、中国に進出していた労働集約型中小企業――台湾や韓国の企業が、一斉に夜逃げするという現象だった。私は当時、「週刊文春」でこの問題に触れ、労働集約型産業の限界が迫る現場をレポートした。

 レポートに対し日系自動車メーカーのある幹部から、「中小企業が抜けた穴は、われわれのような産業が埋めたので、中国は打撃を受けていないのでは?」との問い合わせがあった。

 これに対する答えは本稿のテーマでないので簡単に「毛細血管と大動脈のような違いがあり、単純な足し算引き算ではない」とだけ答えておくが、重要なことは進出企業の側にもステージを一つ上ったとの意識があったことだ。そして、今回のテーマである労働問題で揺れているのは、まさしく古い鳥が去った後に広東省にやって来た新しい鳥だったということだ。

 つまり、中国に進出した企業を襲う労働問題は第二段階に入ったということだ。

 中国雑貨を扱う貿易会社社長は、「北京のH&Mに行って商品を見ると、もう中国製品はほとんどなく、バングラデシュやトルコ、ルーマニア製なんですよ」と中国の変化の激しさを嘆くのだ。

「労働争議は儲かる」
黒幕の正体は弁護士だった

 問題は、今回の労働争議を巡る騒ぎが一過性ではなく、構造的な背景があると考えられることだ。

 「実は、この問題の裏側には弁護士という新興の権力の台頭と、その勢力と対峙する企業とその企業の税収で潤う地方の連合軍という構図が隠されているのです」と語るのは前出の経済官僚だ。


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