ジリ貧状態から脱するには新たな事業の柱が必要─。中島はそう考えた。経営者としては10年余りの経験しかないが「長寿企業の多くは、時代に合わせて新規の商品を投入し、業態を変化させながら成長を続けてきた」と、再建への急所は押さえている。
楽天家をしてイケると思わせたペン
入社以来、新たなビジネスの芽を探していた中島に、ある知人が紹介してくれたのが音声の出るペンだった。台湾の企業が商品化していたもので、美術館の作品ガイドなどで利用されていた。中島は「筆記具に近いところにあるし、直感的にこれだ」と思い、飛びついた。
もっとも、社内での反応は今ひとつだったという。筆記具というカテゴリーから容易には逸脱できない、ある意味、生真面目な反応が多かった。しかし、そこはモノづくりの会社だ。新参者の常務がスタッフと奮闘してモノの形が見えてくるのに連れ、徐々に評価は変わった。
中島も「商品化はワクワクしながら進めた。不安もあったが楽天家なので期待の方が大きかった」と、そのプロセスを楽しんだ。商品化1号となった『名作ふたたび』に次いで、『旅の指さし会話帳』シリーズという実績のあるコンテンツと組めたのが、音声ペンのヒットを呼んだ。このシリーズは観光だけでなく、語学学習を目的にした購入者も増えている。
文具−学習という文脈で、中島が狙った「セーラーのブランド力を生かすこと」にもつながった。その後、飲食店情報の最大手、ぐるなびから上海万博のツアー客向けにカスタマイズしたオーディオブックと音声ペンの注文も入った。
さらに、鉄道会社のスタッフが外国人観光客向けに駅やルートなどを案内するためのツール、京都など観光地案内のオーディオブックなど、新たな展開も着々と進んでいる。これらの案件には、学生や官僚時代に培った中島の幅広い人脈から持ちあがったものも少なくない。
人脈を形成する人づきあいの良さが、中島を失意の底に落とすことにもなったが、今では「早く退官したことで、さまざまな経験ができている。万事『塞翁が馬』だった」と、笑って振り返られるようになった。
この間、「社員や取引先の生活がかかっているし、すぐに売上高や利益といった結果もでる」と、官僚にはない民間経営者の厳しさも身をもって経験してきた。
音声ペンの立ち上がりは順調だが、経営再建は緒についたばかり。中島は「新しいものに挑戦することがセーラーのブランド力を高め、やがて経営を押し上げる」と、自身の歩んできた道を重ねるように、「挑戦」を繰り返した。(敬称略)