――優秀な子はさらに伸ばすことができないし、一度ついていけなくなったら終わり。
苫野:その子のペースで学ぶということができないのですね。本当は落ちこぼれにならなくてもよかったのに、システムのせいで……ということがかなりあります。ですから、全員いっしょに、同じことを、同じペースで学ぶのではなく、子どもたちが自分で自分に合った進度や学び方で学んでいけるようにする必要があります。
――確かに、自分で編み出した学習方法は忘れにくいです。現状では、先生が熱心な場合に、わからない子に補習を行うことがあります。それはそれで先生の負担が大きい……。
苫野:そうなんです。思いのある人ほど大変になる。ひとり一人の先生に頼りすぎる現在のシステムでは限界があるので、システムで先生をサポートしないと厳しい。そのためにも、「個別化」に「協同化」を融合していくことが必要です。教師が一方的に教えるだけでなく、生徒同士で必要に応じて学び合える機会を組み入れていく必要があるのです。
長野県で開校する「新しい学校」
――苫野さんは現在、長野県軽井沢町にできる幼小中一貫の新しい学校作りに携わられているそうですが、どんな学校となるのかを教えてください。
苫野:私たちは幼小中「混在」校と呼んでいます。「自由の相互承認」を理念に、「同じから違うへ、分けるから混ぜるへ」を大事なあり方にした学校です。軽井沢風越学園と言います。2020年に開校予定です。
学びのあり方は、まさに今言ったような「個別化」と「協同化」の融合が軸になります。この学校では「自己主導の学び」と「協同の学び」と呼びます。そしてカリキュラムの中核は「探究型の学び」。「決められたことを、決められた通りに、みんなで一斉に学ばせる」のではなく、さまざまなテーマについて、「自分たちなりの問いを、自分たちなりの仕方で、自分たちなりの答えを見つけ出していく学び」です。
『公教育をイチから考えよう』や『教育の力』という本では、これを「学びの個別化・協同化・プロジェクト化の融合」と呼びました。と言っても、こう聞いただけだとあまりイメージが湧かないですよね。だからモデルを見たい、と多くの方から言われてきました。日本でもこういうことができるし、意外に難しくないっていうことを示せたらいいなと思っています。子どもたちが、自分の学びのコントローラーを自分で持って、年齢を超えた様々な人たちと緩やかに協同しながら、「探究型の学び」を中核に行っていけるような学校です。
――私学なのでしょうか。
苫野:本当は公立にしたかったのですが、法制上の理由でできませんでした。ただ、軽井沢はふるさと納税を学校に送ることができるということで、これを使って奨学金を充実させられるのではないかと考えています。軽井沢に幼小中一貫校、と言うと、お金持ちの子どものためのエリート学校のように誤解されてしまうかもしれませんが、全く違います。設立メンバー間では、これからの時代の公教育のモデルになりうる、「新しい普通の学校」を作りたいと話し合っています。
――エリート教育の問題点は何だと思われますか。
苫野:エリート教育のメリットの一つは人脈ができるということが大きいと思うのですが、結局、一部の人しか行けないということが問題です。そうなってしまうと、「自由の相互承認」どころではないんですよね。それにこれは本当の意味での「エリート教育」でもない。たとえば、世界に出て行けばいろいろな背景を持った人と出会うのに、特定の人間関係の中で育ったのでは価値観が狭すぎる。多様な人たちとの「相互承認」関係を築いていける子どもたちを育てることこそ、本当の意味での「エリート教育」だと思います。
――本書では、現状の教育の問題点も指摘しつつ、良い部分もあることや、現状の仕組みのままでも新しい試みを行える可能性について触れられていました。
苫野:そうですね。たとえば、「学びの個別化・協同化・プロジェクト化の融合」を妨げる制度的な縛りはほとんどありません。必要なのは、行政などが、現場のそうした主体的で新たな試みを徹底サポートすることだと考えています。たとえば、ある自治体の教育委員会では、今、無用な研修をできるだけ減らし、現場の自主性に任せることを積極的に行っています。現場を過度に管理監督するのではなく、徹底サポートする。そうすると教育がいきいきすることを感じています。
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