2024年7月13日(土)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2010年7月7日

 この優遇は私生活の面でも顕著だった。台湾人が中国で現地妻をつくり、それがトラブルとなっても――実際、刃傷沙汰に発展してニュースになるようなケースも続出した――中国人のように容赦なく裁かれることもなく外国人のように厳しく罪を問われることもなかった。それどころか、「ときには中国人として優遇され、ときには外国人としての特権を受ける」(台湾政府幹部)といった二つのメリットを享受できたのである。

 この特別扱いが開花したのが2004年3月の総統選挙である。100万人ともいわれた中国在住の台湾商人が一挙に投票のために帰国し、陳水扁をギリギリまで追い詰めた。この流れは後の馬英九政権誕生までつながって行く。

 二大政党が浮動票を奪い合う最悪な政治状況にあった台湾には中国が付け込むすきが溢れていた。すでに中国は民進党の大票田である南部農村に揺さぶりをかけるため、台湾産フルーツを中心とした農産物への優遇措置を打ち出していた。当時はまだ台湾産フルーツは高価過ぎて売れなかったが、いまは大きな輸出品に育っている。この南部農民への揺さぶりは、今回のECFAでも政治的ターゲットの中心を成している。効果は絶大だ。

ECFAで中台間の距離は縮まるのか

 だが、経済的な依存関係の確立と政治的に距離を縮めることは、また別の話だ。中国自身もその狙いを、「今回のECFAで一気に台湾との政治的な距離をつめようとは考えていません。時間稼ぎができれば十分です。経済的な優位は時間が経てばたつほど広がるのですから……」とこう語る。実際、広東省を中心にもはや労働集約型産業への限界を感じ始めた中国が、次に目指す分野はまさに現在の台湾産業ともバッティングする分野だ。台湾と地方の利害対立がこじれれば中央は板挟みに苦しむといった裏の事情も抱えている。

 国民党は民進党というライバルに対して優勢でありたいがため中国と手を組んでいるのであって、中台の距離が近づき過ぎれば「政治実体は二つはいらない」との対立の原則に双方の警戒が高まることは避けられない。

日本では誤解されている中台関係の現実

 そもそも政治的な距離を急速に縮めているとの印象が台湾で広がれば、「間違いなく馬英九政権は崩壊する」(前出・台湾政府幹部)のが台湾の現実だ。日本では誤解されているが、08年、民進党が国民党に敗れ政権を明け渡すことになったのは、親中か否かの外交政策で起きた選択ではない。クリーンな政治を期待された民進党が、実は腐敗していたことが明らかになって信用を失っていたのが最大の原因だ。その民進党が「国民党政権では中国に取り込まれる」との警戒を選挙の争点として強調したのは、支持回復の希望が持てるテーマがそれしかなかったからでもあるのだ。

 「台湾人の望みはあくまで現状維持」(同前)

 この強い慣性力を壊すのは簡単ではない。

※次回の更新は、7月14日(水)を予定しております。

◆本連載について
めまぐるしい変貌を遂げる中国。日々さまざまなニュースが飛び込んできますが、そのニュースをどう捉え、どう見ておくべきかを、新進気鋭のジャーナリスト や研究者がリアルタイムで提示します。政治・経済・軍事・社会問題・文化などあらゆる視点から、リレー形式で展開する中国時評です。
◆執筆者
富坂聰氏、石平氏、有本香氏(以上3名はジャーナリスト)
城山英巳氏(時事通信社外信部記者)、平野聡氏(東京大学准教授)
◆更新 : 毎週水曜

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