現状維持欲求という厚い壁
しかし、この域に達することはそう簡単ではありません。
なぜなら人には、「現状を維持したい」という潜在的な欲求も強く働くからです。
今のままでいたい、変わりたくない、新しいことに取り組みたくない、という欲求です。
簡単に言うと、「成長したくない」という気持ちです。
「いつまでも子どものままでいたい」
「約束の時間だけれど、なんだか動きたくないなぁ」
「やればいいのは分かってるんだけど、気が乗らないんだよな」
といったこと、ありませんか?
私はよくあります。ぐずぐずしていることが、なんだか幸せな気がしてくることすらあります。
現状維持欲求、おそるべしです。
マズローの考え通りなら欲求が段階的に満たされれば、成長する意欲も湧いてきそうなものですが、今のまま変わりたくないという潜在意識の方が強くはたらけば、立ち止まってしまうのです。
そんな時は、自分を承認してもらっても体のスイッチが入りません。
「小川さんは、ご自身のタイミングがお分かりだから大丈夫ですよ」などと言ってもらっても、(大丈夫というか、もうちょっとこのままでいたいな~)と動き出せる気配をわれながら感じません。
むしろ、「小川先生! 何しているの! 時間でしょ!!!」とピシっと言われた方が、「はい! 動きます!」とすぐに行動に移せます。
こういう時は、叱ってもらえることがありがたいですね。嬉しくなることすらあります。
でも、同じような時でも、
「グズグズしているの鬱陶しいなぁ! 早くやりなさいよ!」と言われたら、どうでしょう。
私ならきっと動き出せません。嫌な気分になるか、腹が立つか、聞こえなかったふりをするかのどれかですが、とにかく動きません。動く気が絶対に起きません。
その人は怒っているだけだからです。
叱るとは褒めること
叱る時、気持ちは相手に向けられています。
相手の持つ力を信じて、その力を発揮するよう背中を押すのが「叱る」です。
怒る時、気持ちは自分に向かっています。
自分の不快な気持ちを吐き出して、すっきりしたいだけなのが「怒る」です。
大切なことなのでぜひ覚えておいて欲しいのですが、「叱る心の根っこと、褒める心の根っこはつながっている」のです。
「国語」の授業では、「叱る」と「褒める」は「反対語」です。しかし、子どもや部下を育てる心の使い方では、叱ると褒めるは同義語なのです。
「あなたならできる」と信じてくれていることが伝わるから、叱られることで、今のままでいたいという気持ちを振り切って行動に移せるのです。
ですから、人を叱るには、その人に向けて十分に心が向かっていなければなりません。