荒れ果てた部屋に「もう、ここ嫌や」と、車いすの由利子が言う。奮起させようと、ソーシャルワーカーの高田が声を上げた。
「大切な物を回収しましょう。銀行員の名刺が見つかったら、事情を説明しに来てもらいましょう。私たちが証人になります。伯母さんの入院料などの支払いのため、下ろさないといけないって」
女性の気丈を感じた。堆積物の中から、定額貯金や定期預金の通帳、さらに外貨建て投資信託に関する郵便物、金融機関職員の数々の名刺などなどを回収した。
その名刺を頼りに、某メガバンクの支店に電話した。
「口座番号○○○○、松尾由利子の親族の者ですが、本人が倒れて引き下ろせなくなっているので、事情を確認に来ていただきたい」
だが、人を寄越すどころか、名刺の主も電話口に出さない。法務担当者が「引き出すなら、戸籍謄本を持って来てください。えっ、ご本人の亡くなられた夫の弟の息子さんですか。血縁関係がなければ駄目です」。
私は「血族に身元を引き受ける者がいなくて、病院が困っているんです。ここに居る本人が預けた金を、この危急時に、どうすれば利用できるか、教えてください」。何の回答もなかった。
頼りにならない弁護士
あの名刺群の行員たちは、80歳を超えた由利子の勧誘にどれほど笑顔を振りまいたことか……。怒りを抑え「お立場は、よく分かりました。当方は、専門家の助力を得て法的手段で解決します」と、私は述べた。
JR神戸駅近くの法律事務所に駆け込み、皆元静香弁護士(仮名)らに委任したのが09年2月19日。
ソーシャルワーカーの高田の知人から「金融に強い」との評判を聞き、難題をこなすプロ集団と信じていた。由利子の金を由利子のために使えるようにしたいと、すがる思いだった。
事前の打ち合わせで、手付金23万円を支払い、代理人活動開始ということになっていた。弁護士事務所まで金を持参したが、何を勘違いしたのか13万円しかなく、残り10万円は振り込みに。私のミスだ。初めての体験の連続に、神経が参っている。
成年後見制度について初めて知った。プライバシーをすべて皆元らに話し、記録に残す。