2024年11月22日(金)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2017年8月8日

 ナイ教授はこれまで「ソフト・パワー」などの言葉を駆使して、世界を主導する米国のイデオローグ的存在として振る舞ってきました。同氏は「ソフト・パワー」とは正反対のトランプの登場で意気消沈しているというわけでもないようで、ここでは「トランプという毒の効用」という逆説的アプローチを編み出し、それを欧州に適用しています。「重層的協力」が彼の新たな標語となりました。これは、緊密度の異なる組織が重層的に存在、活動して、全体的には西側の価値観、利益を実現する体制とでも言えるでしょう。一つのヒントにはなる考え方です。

 ナイ教授は、米欧における国家主義的ポピュリズムが引き潮にあり、EU解体の勢いも止まったと述べています。ポピュリズムのマグマは今でもありますが、EU解体の勢いが止まったことは事実であり、投資家のジョージ・ソロスなどは英国で再選挙が行われて、Brexitが否定される可能性すら指摘しています。イタリアの銀行危機は解決され、ECB(欧州中央銀行)は金融緩和からの出口を探る状況で、EU経済は上げ潮にあるとも言えるでしょう。

 欧州独自の防衛体制構築には時間がかかるという点は、その通りでしょう。そのような体制は既に長年存在していますが、各国ともNATOとの二重投資を嫌がって、名ばかりの存在にとどまっています。ナイ教授が指摘している「フランス軍の域外行動」などは、既に何度も行われていることです。そして、トランプは、欧州にもっと軍事的負担を負わせたいと考えているだけで、欧州からの軍事的な撤退を考えているわけではないでしょう。欧州から撤退した米国は「偉大」ではあり得ないでしょう。その点をトランプが理解していることは、今回G20の直前にポーランドを訪問して、NATO第5条にも言及した上で、米国のコミットメントを強調して喝采を得た点を見ても明らかです。

 なお、トランプ政権から「ネオコン」的な発想が消えていることは、歓迎すべきことかと思われます。民主主義を広めるのはいいことですが、それを反政府活動支援や武力介入によって実現しようとすると無用の混乱と人道的悲劇ばかり呼ぶことになります。トランプ政権は麗しいイデオロギーを掲げませんが、逆に、キッシンジャー的な冷徹な利益と力の計算に基づいた取引ができる可能性のある政権であるとも言えます。これもまた「トランプの効用」と言ってよいのでしょう。

  
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