2024年12月22日(日)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2017年8月8日

 米ハーバード大学のジョセフ・ナイ教授が、Project Syndicateのサイトに7月6日付けで掲載された論説において、「トランプにも効用あり」という逆説を欧州に適用して分析しています。論説の要旨は次の通りです。

(iStock.com/leremy/ATINAT_FEI/jericho667)

 最近フランスのある会議で何人もの欧州人が、トランプは結局のところ欧州にとって悪くないかもしれないと言って、米国の参加者を驚かせた。彼らの言い分が正しいかどうかチェックしてみよう。

 ほとんどの点において、トランプ大統領は欧州にとってひどいことになっている。トランプは、EUを嫌っているようであり、メルケル首相よりエルドアン大統領、プーチン大統領との方が馬が合うようであるし、英国のEU離脱を歓迎している。NATOの第5条(集団防衛の義務)についても、なかなか再確認しようとしなかった。欧州では支持する者の多い気候変動に関するパリ協定からは離脱し、いくつかの国連機関への拠出も削減した。トランプ大統領は個人的にも、欧州での支持率が低い。

 しかし、この不人気――反米ではなく反トランプ――が、欧州の価値観に梃入れをする効果を生んでいる。ナショナリズムとポピュリズムの合わさった最近の風潮は、トランプが選ばれた時が最高潮で、以後ポピュリスト政治家はオーストリア、オランダ、フランスで敗退している。EUからの脱退を強硬に主張したメイ首相も、総選挙で多数派を失った。

 欧州の経済成長は未だ弱く、失業率も高く、2008年金融危機以来激化した国内の政治的対立も続いている。それでも、9月のドイツ総選挙で極端なナショナリストが首相になることはないだろう。

 Brexitの交渉は厳しいものになろう。しかし、英国民はEUそのものに反対したのではなく、移民の多さに反対しただけであることに着目するべきだろう。英国がEUに入ったまま移民だけ制限しようとしても、EU側が許さない構えだが、ここには妥協の余地があろう。EUの核となる諸国と英国との間では移民の自由を認め、その外側にある諸国との間では制限するというやり方である。つまりEUを「重層的」なものにするのである。EUは既に、関税同盟、ユーロ(通貨同盟)、シェンゲン協定(域内移動の自由)という、重層的な構造になっている。

 トランプが米国の信頼性を疑わしいものにしていることで、防衛面での欧州独自の協力が脚光を浴びるようになっている。欧州の共同防衛体制を築く努力が開始されているが、その動きは遅い。もともと、英国の他にはフランス程度しか、まともに国外派遣できる兵力を有していない。しかし、ここでも重層的なアプローチができる。ロシアの脅威にはNATOを強化することで対応し、バルカンで武力紛争(最近マケドニアは内戦の瀬戸際にあった)が起きるのを防ぐには欧州諸国がPKOを派遣できる。そして混乱するリビアの安定化、地中海を渡海する難民の救出、北アフリカ及び中東での欧州人人質の救出等においては、フランス、英国、ドイツ等の兵力を用いることができよう。欧州は、簡単には共同防衛体制を構築できないだろう。しかし、その必要性は高まっており、皮肉にも不人気なトランプがそれを促進するかもしれないのである。

出典:Joseph S. Nye Jr.,‘Trump’s Gift to Europe’(Project Syndicate, July 6, 2017)
https://www.project-syndicate.org/commentary/trump-spurs-european-defense-integration-by-joseph-s--nye-2017-07


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