2022年8月15日(月)

この熱き人々

2017年9月20日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

捨てる文化、拾う文化

 「都会で粗大ごみの日に出されているものをじっと見ているとね、社会に捨てられようとしているもの、消えていくものが見えてくる。それを補うのが田舎なのではないか。都会の捨てる文化に対して、田舎は拾う文化、補う文化、活かす文化で、それが商売になるんではないかと考えたんです」

 都会に追いすがるのではなく、都会とは異なる座標軸を設定し、正反対の価値観を求めていく。漠然とつかんだものは、何を商うのかではなく、何を求めて商売をするかという理念のようなものだったわけだ。山深く、住む人も少なく、当時は訪れる人もない経済成長から取り残された町で、それをどのような形で仕事にしていったらいいのか。名古屋で出会い、以来人生のパートナー、ビジネスのパートナーとして共に歩んできた妻の登美(とみ)とともに考えた。

 「ミシンが捨てられ、針箱が捨てられているのを見て、手縫いの時代が終わろうとしているんだと思った。でも、既製品の時代になって子供の弁当袋や道具袋も買うのが当たり前になっても、人はあたかも自分で作ったような製品を欲しがる。ちょっとした手間は求められているのなら、そこを補う。アップリケやパッチワーク。田舎には手縫いの技を持っている人がたくさんいる。地方でこそできる作業だと思って、布雑貨を商う仕事を始めたのが第一歩。針と布さえあればできる。機械がいらないし大きな資本もいらないから」

「鄙舎」の台所でスタッフと一緒に昼食の支度

 登美と手伝いの女性たちが製作担当、松場は営業販売担当。製品はできるが売る店舗はない。松場はワゴン車に製品を積んで、松江駅前や大型スーパーの軒先などで販売する。露天商、行商である。7、8年はその状態が続き、もう限界かと思った35歳の時、東京で雑貨ショーが開催されると聞き、イチかバチか、エントリーしてみようと決心した。

 究極の都会の東京に、人口400人の究極の田舎が勝負を挑む。幅6メートル、奥行き3メートル、わずか2坪の展示スペースがこれから先を決める運命を握っていた。

 「アイテムでは勝てない分、商品の背景を展示したんです。鍬とか鎌とか生活の道具などと一緒に並べたら、それが面白がられたのか注文がどっと来たんですが、一切受けずに帰ってきたんです。なぜだ?! って家内には厳しく怒られましたけどね」

 すでに捨ててしまったものと出会った時、人はまるで自分が捨てたおもちゃを誰かが拾った途端に惜しくなるような、一瞬の懐かしさに包まれる。ノスタルジーだけで差し伸べられた手に飛びついても、それはまた消費されて捨てられていく運命を辿る。

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