2022年8月15日(月)

この熱き人々

2017年9月20日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

「他郷阿部家」の食堂

 「ちょっと行ってみましょう」と立ち上がった松場の後をついて行く。本社横の道を横切り銀山(ぎんざん)川に架かる小さな橋を渡ると、そこは「他郷阿部家」の裏庭だった。玄関から仏間、次の間、奥の間と続き、竈(かまど)が3つ並ぶ台所には大きなテーブル。ここに泊まる3組のゲストは、松場やスタッフと一緒に夕食と朝食をこのテーブルで摂る。台所と風呂場をつなぐ外廊下には、農具や笊(ざる)や籠(かご)などが見事なインテリアとして蘇っている。蠟燭(ろうそく)の明かりが揺れる蔵バーは、最上級の贅沢な時間を感じさせる。

 台所のテーブルは、廃校になった小学校の階段の腰板をつなぎ合わせて作ったものだという。不要になった街灯が部屋の照明に使われ、江戸時代の帳場の机がベッドサイドのテーブルになっている。開放的な3つの客室は、さりげないけれど極めてハイセンスなもてなしの心にあふれ、長い時を経ていろいろな人たちの思いを吸い込んだ道具類が、何とも不思議な雰囲気を醸し出している。とても古いけれど、とても新しい……そんな相反する印象が混ざり合う。

 「復古創新を目指しているんです。温故知新は昔のことを大事に新しいことを知るという現在の視点で過去とつながる言葉ですが、復古創新には未来の視点が加わる。そこが違うところです」

 過去を再現して不便さを体験するだけでは、過去の一部を知るだけで終わる。活用されなければ資料館と同じになる。復古には、古の持っていた価値を現在の視点で再認識して現在に活かし、創新にはそれを未来へとつなげていこうという思いが込められている。

 「スピードと費用対効果が求められ、効率とハイテクで瞬く間に何でもできる時代ですけれど、未来という長い目でみれば非効率にこそ効率があり、人間のチカラが生み出すスローなものの中にこそ豊かな多様性と生き抜く知恵と強さがあると信じているんです。今だけを考えていたら、鄙舎の茅葺き屋根の葺き替えに数千万円の投資はできないです。銀行から事業計画書を出せって言われても出せないもの。次の世代に残したい文化や知恵の継承であり、大切な事業なんですけどね」

 一昨年から、石見銀山の梅の花から見つかった酵母を使った化粧品や食品なども販売している。かつて銀山で働いた人々は、粉塵除けの布に梅の実をすりつぶして塗りつけ鉱毒から身を守った。だからこの地には梅の木が多い。梅の花や枝に何か役立つ酵母がないかと毎年試験場に持ち込み、偶然にも発酵力の強い菌が見つかってから実験を繰り返すこと7年。やっと製品に結び付いたという。経済効率を考えたら到底できない試みだろう。

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