宿坊では払暁からディスコ・サウンドで叩き起こされて
7月1日。突然のディスコ・サウンドと鐘の大音声に飛び起きた。暗闇の中で腕時計を見ると4時半である。寺院の本院のほうから“踊るマハラジャ”風の音楽が大音量で鳴り響き寺院の鐘と鉦がゴンゴン・カンカンと攻め立ててくる。
大人数で読経しているような低音が伝わってくる。とにかく混成大音量が延々と続くには閉口した。一時間ほど我慢していたが止む無く起きて様子を見に行くことにした。本院に向かって歩いているとピタッと大音声がとまり静かな読経のみとなった。
本院の4階にある御堂では坊主を中心に100人近い信者がすし詰め状態で座って静かに祈祷していた。先ほどまでの大音量の狂宴が嘘のように静まり返っていたのである。
それから毎朝同様に大音量が鳴り響いたが慣れとは恐ろしいもので3日もすると一度目が覚めても二度寝ができるようになりマハラジャ音楽が気にならなくなった。
オレゴン出身のITエンジニア、ジョー
7月2日。朝から霧雨である。門前に並んでいる食堂で簡単なインド式朝食(ナン、豆とジャガイモのカレー風煮込み、ミルクティー)を済ませると何もやることがない。仕方がないので昨夜知り合った米国人ジョーの部屋を訪ねた。
ジョーはポートランド在住のITエンジニア。36歳の彼はインドに魅入られて3回目の長期滞在という。最初は半年かけてインドを一周。前回は北インドで1年過ごしたという。ITエンジニアという仕事柄世界中どこでもインターネットが繋がれば仕事ができるのでインド滞在中も気分がよければ仕事をすることもあるという。
アメリカの小学校でも“荒れる教室”問題が
ジョーはオレゴン州の小都市の出身で2人兄妹。母親は地元の公立小学校教師だったという。そんなことから話題が学校教育になった。「日本は数十年前までは小中学生の国語、算数、理科のテストでは世界最高水準だったけど、現在ではトップテンにも入らないレベルまで下がった。理由は知識偏重教育への見直しという観点から教育方針が変わり教科書の内容を簡略化し授業時間も減らしたためである云々」と説明。
ジョーは日本の失敗は米国がまさに学ぶべきポイントだと頷いた。米国初等公教育では読み書き算盤という学習のツールや基礎的知識の習得が伝統的に疎かになってきた。生徒の自主性を育て多様性を尊重するという名目のもとで規律順守や地道な努力が軽視される傾向があるという。
そのため公立小学校では「教室で騒いでバカなことをする子供たちが教室を支配するようになる。逆に真面目に勉強するような子供は虐められる風潮が蔓延することになる。特に所得の低い階層が多い地域の公立学校では教育環境が荒廃している」と指摘した。
ジョーの父親は授業参観に来てすぐにジョーと妹を私立学校に移籍させたという。
トランプ支持者は「時代から遅れた(behind the times)人々」
インド旅行の当時(2016年夏)は米国大統領選挙の最中であったがトランプ候補がヒラリー候補を追い上げている状況であった。私はどうしてもトランプ候補が主張しているアメリカの製造業を復活させ日中韓など外国に奪われた仕事(job)を取り戻すという主張が理解できなかった。
すなわち米国では失業率が歴史的最低水準にありIT産業、金融業、エネルギー産業が経済を牽引している状況で、なぜ“製造業復活”が大きな支持を獲得できるのか理解できなかった。理性の多少ともある人間であれば、“時代遅れの国内製造業に固執して自由貿易のメリットを失えば米国経済全体にとりマイナスである”という議論は容易に理解できると考えていたからだ。
ジョーの見解は明快であった。米国では製造業の時給と比較してスタバやウォルマートなどの時給が低いことが最大の理由という。単純サービス産業へは白人貧困層や移民労働者が流れ込むので時給は上がらない構造がある。工場の高卒の熟練工にとり失業してサービス業に転職することは屈辱である。また彼らにはIT産業など新しい産業に適合できるスキルもない。
既存権益に守られた製造業が競争力を失い工場が閉鎖されるのは経済学的には当然のトレンドなのであるが、製造業従事者は大きな現実を直視せずに理不尽に仕事が奪われたという被害者意識と現状への不満から盲目的にトランプの単純なスローガンを受け容れているとジョーは解説した。
⇒第7回に続く
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