2022年10月2日(日)

トップランナー

2010年9月28日

»著者プロフィール

 アクショーノフは、はぐらかすように笑う。おそらくは著名人からしっかり治療費を受け取っているのだろうが、20年近くアクショーノフのもとで働く看護師の山本ルミは「リーマン・ショック以降、患者さんは減りました。去年はトータルで赤字だったかもしれません。それでもドクターは、自分を頼ってくる人がいる限り、ポケットからお金を出してでも、診療を続けるでしょう」と言う。どうやらアクショーノフが「赤ひげ」であり続ける理由は、本人が語るものだけではなさそうだ。

 それを山本は「患者さんに喜ばれることがドクターの喜び。お金を払ってもらえなくても、その満足感でちゃらになってしまうようです」と話す。アクショーノフも「苦しんでいた患者さんが楽になる。うれしいですよ。だから医者はやめられません。あの世で会っても、私、恥ずかしくない」と言う。

 アクショーノフはまた、患者や看護師らとのコミュニケーションそのものを楽しんでいるのだと思う。それは、クリニックの気さくな雰囲気からも、機知に富みユーモアたっぷりのアクショーノフの話しぶりからも感じ取れるし、実際、アクショーノフは患者と5分ほど病気の話をした後で身の上話を25分する、そんな診療が普通のようだ。話の内容をきちんと覚えていて、その患者が次に来院した時に「赤ちゃんは生まれましたか?」などと話しかけるから、患者は感激してしまう。

写真:田渕睦深

 診察というよりも懺悔に来る患者も少なくない。酒を飲んで怪我をした亭主とともにやってきた女性が「ドクター、何とか言ってやってください」と訴え、反省する亭主にアクショーノフが「頑張りましょう」と語りかける。神父さながらの役回りである。

 感謝される喜びや、会話する楽しさ。こんな感情によって他人とつながることが何よりも心地よいのが、アクショーノフという人なのだろう。だからお金は、生活できること以上の価値を持たない。気どらず、純粋にそう思っているから、人が集まってくるのではないか。

アメリカのスパイだと疑われて、
地下室に入れられました

 国籍がないというだけではなく、アクショーノフは大戦後の東西冷戦という時代環境に翻弄されてきた。

 「CIAからアプローチがありました。最初は患者としてやってきて、『食事をどうですか』と誘って、そこに美人を寄こすんです」

 大丈夫だったんですか?

 「大丈夫じゃなかったかも……。もちろんスパイにはなりませんでした。『先生、収入を倍にしませんか』と言うから、私は『明日の心配をせずによく寝るためには、お金がないと困るけど、あなたのお金をもらったら不眠症になってしまう』と断りました」

 「CIAの人と食事をしているのを写真に撮られて、今度はソ連に行った時に、飛行機の中でKGBに逮捕されました。アメリカのスパイだと疑われて、6時間も地下室に入れられました。その日のうちに釈放されましたけど」

新着記事

»もっと見る