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2010年9月28日

 東京・六本木の喧騒の一角に、樹陰に隠れた築100年の洋館がたたずむ。鉄の扉を重々しく開けて中に入ると、白衣の外国人医師が大きな窓を背にして、穏やかに座っている。ここ、インターナショナル・クリニックは原則、外国人専用の診療所で、日本の健康保険は使えない。86歳のロシア人医師・エフゲニー・アクショーノフが、他の医師や看護師たちと診療にあたって半世紀以上が経ち、これまでに100を超える国の患者が訪れた。患者たちも、医師も看護師も、親しみをこめてアクショーノフを「ドクター」と呼ぶ。

 アクショーノフには国籍がない。白系ロシア人の父はロシア革命で赤軍に追われてハルビンに逃げ、アクショーノフもその地で生まれた。学校で英語を習い、隣家が日本人だったことから日本語も覚え、18歳の時に視察で満州を訪れた華族の通訳をした縁で、医学を修めるために第二次世界大戦中に来日。満州国の滅亡とともに国籍を失い、日本の国籍もソ連の国籍も取らないまま苦学して医師免許を取得し、1953年にクリニックを開業した。

お金が倍あっても、
今晩食べるものは決まっています

Eugene Aksenoff(エフゲニー・アクショーノフ) 1924年ハルビン生まれ。43年に来日、48年に東京慈恵医科大学専門部卒業。53年にインターナショナル・クリニックを開業。
写真:田渕睦深

 英語を話せる医師が少なかった時代にあって、アクショーノフは近隣の大使館、高級ホテルなどから頼られてきた。フランスのシラク元大統領(当時パリ市長)や歌手のマイケル・ジャクソンら著名人の往診に応じ、一方で場所柄、出稼ぎ青年や娼婦たちもクリニックにやってくる。彼らの中には不法滞在者も少なくないから、パスポートの提示を義務づけるとクリニックに来なくなる。だからアクショーノフは一切を不問にし、のみならずお金がない患者からは治療費をとらずに診察してきた。

 パスポートで身元を確認したりしなくていいんですか?

 「パスポートなんか、私もないんだもん。病人に、人種も国籍も宗教も関係ありません。病気なら治してあげるのが私の任務です。いま私は、お金は問題ない。この建物と土地は自分のものだから家賃もいらないし、ウチの先生や看護師も安い月給で困っています。だからお金のない人は、ただで診てあげます」

 不法入国して六本木のレストランで働いていたミャンマー人の青年が結核にかかって高熱を出し、クリニックに運び込まれてきたことがあった。アクショーノフは治療費も薬代もただにしただけでなく、当面の生活費として小遣いも与え、帰国できるようミャンマー大使館にかけあうことまでやった。今でも、治療費をただにする人、割り引く人は、患者全体の1割くらいにあたるという。

 お金が嫌いなんですか?

 「大好きです。でもお金が倍あっても、今晩食べるものは決まっています。お金がもらえなくても、病気を治す勉強になります。それに評判がよくなって、患者も増えます」


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