2024年7月20日(土)

Wedge REPORT

2010年10月17日

 民主化は思想運動だけで達成されるものではありません。社会が民主化をうけいれるほどに成熟していなければ、知識人の思想運動は上滑りしておしまいになります。

 マルクス主義は昨今では全く魅力を失ったようですが、人間社会の歴史変化の原動力を、人間の生産活動とその仕組みの内部で発生した変化に求めます。ですからフランス革命で貴族たちが打倒され市民革命が実現したのは、ルソーが突然に天賦人権思想を提唱しそれが圧倒的な影響力を発揮したからではありません。ルソーによる人権の主張は、成熟して貴族に対抗できる経済力と知力を備え始めた都市の市民たちの考えを代弁したのであり、ルソーの主張は市民たちの経済力と社会的な力量に裏打ちされていました。

 翻って中国における近代の大きな思想運動をみると、いずれも輸入された西欧近代思想に感銘した知識人たちが、その思想を支える社会的勢力の裏打ちなしに唱えた根無し草的運動であったと思います。ですから一過性の運動にすぎず、彼らが唱えた理念が社会化されること、すなわち民主化は達成されなかったのです。中国近現代史におけるこのあたりの因果関係については、私は『中国は社会主義で幸せになったのか』(PHP新書、2005年)の中で詳しく述べておきました。

――中国では、世界共通のルールへの尊重精神が存在せず、自分たちのルールだけを優先させることが多いと言われます。今回、ノーベル賞受賞に対して、さほど中国人が関心を示さないのは、情報統制と相俟って、そのような気性が関係しているようにも思えます。

北村教授:かつて、坂本龍馬がその存在を知って飛びついた「万国公法」も、中国は1850年代、日本よりも早い段階で入手し翻訳していた。しかしそれでも中国は、「万国公法」よりも自国の法を優先させました。

 中国人の帰属意識がどのように生まれるか、という点に関して、こんな説があります。漢民族というのは、一族の男性の骨を通じて先祖以来の“気”を共有している。だから、一族意識が強い。一族はあたかもクローンのようなイメージに近いのかもしれませんね。民主主義の基本理念である、「個」の独立を大切にする文化とは少し違う。

――中国の一党独裁体制崩壊のためには、どのようなステップが必要でしょうか?

北村教授:そもそも、なぜ「08憲章」が実効性を持つことが難しいかというと、「08憲章」は、西洋における市民革命の理念を根底に持っているからです。つまり、改革を担う市民層がなければならない。中国語で言うところの公民(市民)がたちあがり、専制一党独裁を変えていこうとしなければならないわけです。

 しかし、そのような社会階層が生み出されるためには、“健全な”国民経済の発展が必要です。

 いま、中国は経済成長を続けており、確かにGDPも世界第2位になりました。しかし、この発展は、農民の犠牲の上に成り立ったものなのです。彼らの土地を僅かな補償費用で取り上げて工場用地に転用し、さらに農民を格安の賃金で働かせた結果として得られたものです。そして利潤追求を第一にしているために、すさまじい環境破壊を伴っています。中国産の食品に多くの問題が発生したのは、このような無理のある経済発展の結果です。


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