成熟した経済と、それを担う市民層が定着するためには、今のいびつな状況を変えていく必要があります。たとえば、土地の私有が認められること。私有財産が保証されれば、個人意識や人権意識が生まれてくるでしょう。土地の私有を認めていない今の中国で、独立した市民意識をもった階層が簡単に出てくるわけはないのです。遠い将来に、そのような安定した経済活動を担う階層が都市のなかに出てくるまでは、「08憲章」が実効性を持つに至らないと思います。
端的に言えば、知識人が理念を掲げるだけでは事は始まらない。それを受け止めて動きにつなげることのできる社会階層がいなければ、中国が変わることは難しいと考えるわけです。
――「08憲章」のような高潔な理念を突きつけられても、中国が変化するまでには、時間がかかりそうです。
北村教授:中国という国は、むきだしの権力が見えないよう、コーティングされています。つまり、表面上は法治システムで覆われている。裁判所もあって、土地を収用されてしまった人が訴えることもできるけど、判決は、必ず政府側の見解を支持します。
かつて、中華人民共和国成立に先立つ1945~49年頃には、民主党派とよばれた複数の政党と、国民党、共産党が三つ巴になっている時代もありました。民主党派には欧米や日本に留学した知識人たちが多く存在しており、第三勢力として中国政治のキャスティングヴォートを握っていました。しかし共産党が国民党から民主党派をうまく切り離して自分たちの側につけ、国民党と戦って1949年に中華人民共和国をつくった。このあと共産党は、1956年から57年にかけておこなわれた反右派闘争で、民主党派を弾圧して骨抜きにしてしまいます。共産党は、自分たちの政治は一党独裁ではないといっていましたが、建国直後から社会のあらゆる組織内に共産党委員会を作るわけです。そこには、それぞれ共産党員の書記がいて、共産党の中央コントロールを、社会のすみずみまでいきわたらせる仕組みをつくった。この状態に変化はありません。
だから、08憲章が出たからと言って、網のめのように張り巡らされたこの社会システムは、容易に変わらないといえる。
中国のすべての社会システムは、共産党の専制を補完する存在なのです。むき出しの権力が見えないように法治のシステムでコーティングしているが、日本人は中国という国が、そういう強かな隣国であることを認識すべきです。中国は強かな国であり、中国が動じるのは、自国が損をするという損得勘定が働いた時だけなのです。
「08憲章」は高潔な理念はすばらしいですが、「WEDGE」(2009年3月)でも書いたように、いまの状況下では、虚空にはためく理想の旗印と言えるのではないでしょうか。
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