2024年4月24日(水)

オトナの教養 週末の一冊

2017年10月27日

水と相和し、水に挑んだ、その時代の「空海たち」

 88か所の「水の土木遺産」は、「国土を拓いた先人の知恵と努力」「近代化への道程・水利開拓への情熱」「河川改修等に導入された新しい技術」「川を治めるにはまず山を 近代砂防の始まり」「明るい暮らしと電力への期待 水力発電」「きれいでおいしい水を 近代上下水道への期待」という6章に分けられているが、どこからでも読める。

 カラー口絵や地図を見て、興味をもった施設の項を開けばよい。水をたたえる風景や構造物がバラエティに富んで美しく、眺めるだけでわくわくする。本書を手に、土木遺産ツアーに出かけるのも面白そうだ。

 私が惹かれたのは、約400年前の佐賀城築城にともなう土木工事で佐賀に水の恵みをもたらしたという嘉瀬川の「石井樋」(いしいび)。「現存する日本最古級の治水・利水の総合施設」とある。

 成富兵庫茂安(なるとみひょうごしげやす)という武将かつ土木技術者が、石を組み上げた構造物を巧みに配置し、嘉瀬川の急流の勢いを弱めながら、安定した水を多布施川に流す工夫をしており、目を見張った。「土木史および文化財的観点からも高く評価されている」という。

 石井樋は一部を残して土砂に埋もれ、利水機能を失っていたそうだが、2005年に貴重な遺構を保存・復元する整備がなされた。嘉瀬川防災施設「さが水ものがたり館」という学習の場もできた。

 「遠くに脊振山系の山々を望み、雄大な嘉瀬川の流れの中にさまざまな遺構を配した公園を散策すると、成富兵庫茂安が遺した業績のスケールの大きさに圧倒される」とある。ぜひ体験したい!と思った。

 スケールの大きさといえば、「日本初の多目的総合開発:琵琶湖疎水」の建設を任された田邉朔郎、明治政府の招きで日本各地の河川や港湾事業に尽力したオランダの水工技術者ヨハネス・デ・レーケ、パナマ運河の経験をいかして荒川放水路工事の総指揮にあたった青山士(あきら)、木曽川を日本屈指の電源地帯にした大同電力社長の福澤桃介らも紹介されている。彼らの大きさには、度肝を抜かれた。

 また、重機もトラックもなく、ほとんど人力でシャベルやツルハシを手に工事が行なわれたような時代に、伝統の技を駆使した職人たちや、喜々として手を貸した農民や工夫たちの姿にも瞼が熱くなった。

 本書に登場するどの一人をとっても、水と相和し、水に挑んだ、その時代の「空海」なのである。

静かにあふれる現場での驚きと感動

 <各地を取材して感じたのは、地震や自然災害の多い日本列島の各地で、水を利用するための独自の仕組みや工法が生み出され、千年以上も伝統として引き継がれていること、時代とともに試行錯誤を重ねつつ発展してきた水利用の技術や道具類、私財を投じて不毛の大地を拓いた多くの先人達、過酷な現場で水と闘いながら黙々と働いた無名の人々、長い鎖国時代にも藩主の国替えに伴う石工集団による各地への技術伝播があったことなどでした。>

 著者おふたりが「おわりに」で書いているように、本書の底流には、現場での驚きと感動が静かにあふれている。それが本書を「水と川に関する技術史」かつ、水をめぐる「叙事詩絵巻」にしたゆえんだろう。

 水の土木遺産に興味のある読者には、『水燃えて火 山師と女優の電力革命』(神津カンナ著、中央公論新社)をあわせてお勧めする。福澤桃介と女優・貞奴が木曾山中を舞台に繰り広げた波瀾万丈の日々を小気味よく活写して、読者を大正時代へいざなってくれる。目の前に、桃介と貞奴が、そして水とともに生きた人びとが、立ち上がってくるに違いない。
 

  
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