――80年代半ばには、男女雇用機会均等法が施行されます。
阿古:同法により、働く女性が増えると、今度は時短料理が流行します。と言っても、それは70年代に家庭に登場したゴージャス化した、一手間も二手間もかかる家庭料理を手際よく作るものだったのです。また、かつてなら、母親の手伝いをしながら料理など家事のやり方を覚えていったのですが、この頃の若い女性には、そういう経験がないままに結婚した人が少なからずいた。
本書を構想したのは『小林カツ代と栗原はるみ』(新潮社)という本の執筆中でした。その最中、レシピ本を始め料理に関わることを調べていると、女性の社会進出に伴い、仕事と家庭で忙しくなった女性の料理のレベルが下がっていくことが見えてきました。
世代交代が進み、料理の技術が下がっているのに、同時並行で3品作るのは至難の業です。しかも、80年代に厚労省が、1日30品目摂取を推奨していたのも追い打ちをかけました。
また、若い女性は、どうしても手の込んだ料理を揃えなければならないと力む傾向があります。ただでさえ経験が浅く技術がないのに、あるべき理想像を高く持ってしまうがゆえに、実際の自分とのギャップが大きく、かえって自己評価を下げてしまうのです。
――共働きが当たり前となった現在でも、ほとんどの家庭で家事や育児は女性が担っています。家庭内の料理に関しても、男性は苦手だという声をよく聞きます。
阿古:料理に関して、自信がない、不安だというのがあるのではないでしょうか。新婚時代に奥さんにできていない点を細かく指摘されて、苦手意識を持った人もいるかもしれません。特に、40歳以上の男性は、中学校以降家庭科の授業を受けていないため、知識や経験に自信がない人が一定数いる。また、30代以下で家庭科があった年代でも、男子中高生にとって、家庭科の授業そのものが自分には関係がないと思われ、面倒くさいものだったかもしれません。それに比べれば、女子のほうが将来の自分に関係がある授業である、と積極的に学んだ人の割合が高いのではないでしょうか。
また、男性は料理を作るような同時並行の作業が苦手だという話もあります。たとえば、得意料理がカレーという男性は多いですよね。そういうものを1品作ることに集中させて、サラダなどは奥さんが作るなど分担をしてもよいかもしれません。あるいはその日だけはパパの得意料理を食べる日、とイベント化するなどもよいと思います。
――なるほど、1つのことに集中させて、料理を作ってもらうのは名案ですね。他に、男性が料理をはじめ家事にもっと参加するにはどうしたら良いでしょうか?
阿古:仕事がどれだけ忙しくても、男性にとって仕事が人生の全てではないですし、仕事だけで完結してしまう生活は健全ではありません。
まず、思い出してほしいのは奥さんと一緒にいたいから結婚した、ということ。本当は家族が大切なはずです。家族として居続けるためにこそ、家庭生活に参加することは大切なのです。そのためには、家庭生活のなかに自分の役割を作ること。役割としての家事をこなしていくと、奥さんが大変なことに気がつきます。
初めは、家事に参加するのが難しいかもしれません。免許取りたての運転が大変なのと一緒です。でも、慣れてくれば、肩に力を入れないでも、流れ作業のようにできるときが来ます。
たとえば、夫婦で買い物へ行き、夫が重い荷物を持ち、二人で相談しながら冷蔵庫を片付け、洗い物をする。子どもにも配膳くらいは手伝うようにしてもらう。あるいは担当する日や作業を決めて分担する。家族で協力し美味しいご飯を作れば、食べながらその日作った料理についての会話が弾むかもしれません。家族の楽しい共有体験は、何もテーマパークへ行かなくても作ることができるのです。そうなったとき、家事は押し付け合う面倒な労働から、娯楽や当たり前の生活習慣になっているかもしれません。
――どんな人に読んでほしいですか?
阿古:ここ1〜2年、さまざまなメディアで若い女性が家庭と仕事の両立に悲鳴をあげているのを目にしてきました。私には子どもはいませんが、フリーランスで共働きの家庭です。夫は家事を分担してくれるけど「どうして私ばかりしないといけないの」と思い、家事や料理をすることが嫌だった時期を経験しています。しかし、後輩の女性たちに対し、自分たちの世代は、なかなかその失敗や教訓を伝えられていないと思いこの本を書きました。悩んでいる若い女性に手にとってもらえれば嬉しいですね。
また、最近奥さんや後輩の女性たちが怒っているけど「どうして?」と思っている男性にとっては、それを知る良い機会になると思います。
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。