メイ首相の今回の訪中が、Brexit後を見据えた中国との経済関係の強化、ビジネスチャンス拡大の機会を追求する目的を持っていたことは言うまでもない。50人の財界人を引き連れての訪中となった。キャメロン前首相が言った「英中黄金の時代」という表現も踏襲している。Brexit後には、英中間のFTA交渉も想定されよう。
しかし、今回の訪中でメイ首相は慎重に振る舞い、譲れない原則を比較的はっきりと述べたと評価してよいのではないか。ルールに基づいた国際システム、自由で公正な貿易、透明でルールに基づく多国間貿易など、ルールに基づいた国際秩序について強調している。メイ首相は、1月31日付けフィナンシャル・タイムズ紙への寄稿‘The global trading system works when we all play by the rules’でも、「我々は強固で持続可能な自由貿易システムを支える、ルールに基づいたアプローチを守る必要がある。すべての経済大国は、この面で特別な責任がある」と述べ、WTOを通じた取り組みを求めている。
抽象的な概念だけでなく、具体的に釘を刺すこともしている。中国側が最も協力を欲している一帯一路構想については、上記共同記者会見でも、国際的基準を満たすことを明確に求めているし、同構想の覚書には署名していないと報じられている。一帯一路構想は、透明性を欠き、中国がインフラ建設を通じて影響力を地域で拡大する地政学的ツールとして濫用されることが懸念されている。一帯一路構想への協力をしつつ、注文を付けていくというのであれば、それも一つのあり方であろう。
また、中国による大規模な知的財産権の侵害が深刻な問題となっているが、この点に関しても、知的財産権が完全に保護されることを求めている。なお、英国では、最近、中国による知的財産権侵害やサイバー空間の規制に警戒を示す論調が増えている。
香港については、「人権の問題、香港の問題を提起し、一国二制度を守るよう求めるつもりだ」と訪中の途次で語ったと報じられている(‘Theresa May warns China to play by global rules’, Financial Times, January 31, 2018)。おそらく、その通りだったのであろう。共同記者会見で、李克強首相は、質疑応答においてではなく自分から、人権問題が議題に上がったと明言した。
しかし、中国側がメイ首相の一連の要求に応える行動をとるかは別問題である。懐疑的に見る他ない。中国も自由貿易の促進を言っているが、国営企業への補助金や、外国企業への規制は、自由貿易とは相いれない。
英国の対中政策が、今回のメイ首相のような慎重なやり方で今後も維持されるかどうか不透明な面はあるものの、歓迎すべき兆候もある。ウィリアムソン国防相は、かねてより、航行の自由の確保を目的に南シナ海に英艦船を派遣する計画を表明しているが、3月にこれを実施すると、豪紙The Australianに語っている。メイ首相訪中直後に発表したことは、ルールに基づいた国際秩序を遵守するよう、中国に対して改めてメッセージを発する意図のように思われる。日本としては、日英の安保協力が進展しているので、その中で中国の安全保障上の脅威について、英国との間で認識をできるだけ共有していけばよいということであろう。
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。