著者によると、麻疹ウイルスは、発疹と発熱を伴う急性のウイルス病を引き起こすだけではない。回復後も脳内に潜んでいて、10万人に1人くらいの頻度で神経難病の亜急性硬化性全脳炎(SSPE)を起こすことがある。
麻疹ワクチンにより、SSPE患者の発生は減ってきているものの、日本には100人を超す患者がいると推定される。「麻疹ウイルスが原因ということは分かっても、治療法はなく、死にいたる悲惨な病気である」という。
1980年に長男がSSPEを発病した小林信秋氏は、「SSPE青空の会」という患者会を結成し、その後、「NPO難病のこども支援全国ネットワーク」会長を務めた。本書はその活動の経緯にもふれ、ワクチン接種とともに、医師が病気を理解することの重要性に言及している。
私は、かねて小林氏からNPOの活動を聞いて関心を持っていたが、専門家から見た患者会の活動の重要性にあらためて目を見開かされた。
ウイルス感染症の中で最も感染力が高い
<麻疹は、もっともありふれた子供の病気で、かかっても、ほとんどの場合、二、三週間もすれば回復し、ふたたびかかることはない。そのため、軽く見られることが多く、ワクチンよりもむしろ麻疹にかかった方が強い免疫ができるという、誤った考えを聞くことすらある。>
冒頭にあるように、私も麻疹を軽く見ていた。本書を読んで、「はしかはなぜ恐ろしいか」が腑に落ちた。
何といっても麻疹は、ウイルス感染症の中で最も感染力が高い。「基本再生産数」という病原体の感染性を示す指標では、インフルエンザの6倍にあたる。単純計算では、麻疹患者1人が少なくとも12人にうつし、その12人がさらに144人にうつして拡大することになるという。
公共空間で患者との接触がなくても起こる空気感染であるうえ、発疹が出ないうちに患者の呼吸器から排出され、発疹の出現後4日間ほど続く。「前駆期には風邪と間違えられやすく、麻疹と診断される前からウイルスが排出されるために、感染は容易に広がるのである」という。
さらに、麻疹ウイルスは免疫力を低下させる。そのため、合併症として、肺炎、結核の悪化、脳炎、角膜の潰瘍からの失明(ビタミンA欠乏の場合)、そして、長年の持続感染によるSSPEがあげられる。