もとは官製の旅行需要
なぜこれほどまでに人気を博しているのかというと、都市化が進んで、農的な体験を通して生活に潤いを取り戻したいというニーズが出たというのも理由の一つ。ただ、この旅行需要の創出は、官の主導で進められている。中国の土地制度の維持の必要からだ。
中国の国土のほとんどは農村地域だ。日本もそうだが、農地は他の目的に使う転用が認められない限り、農地としてしか使うことができない。都市化の進行する中で、多くの優良農地が商業施設や住宅地に転用されてきており、この流れは今後も続くのだけれども、中国では食料安全保障の観点から、「18億畝(ムー、1畝は666.7平方メートルで18億畝は120万平方キロメートル)の耕地のレッドライン」という死守すべきラインが設けられている。18億畝というのは、日本の国土面積の軽く3倍はある。
つまり、農地の際限ない転用は国の方針として認められない。しかし、農村部の過疎化、高齢化、貧困は深刻で、農地面積当たりの収益を上げないことには農村を維持できなくなっている。解決策の一つが、レジャーと農業の融合で、農業を稼げる産業にすることなのだ。国を挙げてレジャー農業の促進をうたい、投資を奨励している。「休閑農業」というキーワードで検索すると大量の官製ニュースがヒットする。
日本でイメージする、農村景観を生かしたグリーンツーリズムとは距離のあるような、新しくロッジを建てたり、池を掘ったり、いかにも農村に大型レジャー施設を作ってみましたという、やりすぎ感のあるものもみられる。農業部(日本の農林水産省のような組織)でレジャー農業旅行の目的地を紹介するサイトを作っているので、ここから任意の地域を選んで見てもらえば、レジャー農業がどういうものかだいたいイメージが付くかと思う(http://www.moa.gov.cn/ztzl/xxly/)。
政府の強力な後押しで、農村部への投資は増えている。人民日報の「投資熱は農民に冷や水を浴びせてはいけない」という5月13日の記事(http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2018-05/13/nw.D110000renmrb_20180513_2-10.htm)によると、第1四半期の農業分野の固定資産投資は2900億元(5兆円弱)で、昨年に比べ24.2%伸びている。記事は、長年、農村から都市への資金などの要素の流入が農村の「失血」を招いていたとして、農業や農村が投資のホットスポットになっていることを歓迎。政府の投資だけでなく、民間の投資も増えていると指摘する。ただ、民間投資がレジャー農業の名を借りた不動産開発になっている例もあり、「ハウス住宅」や「ハウス別荘」が出現しているという。ハウス住宅というのは、農業用ハウスのような感じの住宅で、写真はこちらのリンクを見て頂きたい(https://www.thepaper.cn/newsDetail_forward_2126854)。
農業と無縁の投資家が、風が吹いているからとレジャー農業に進出する例は多い。田舎に帰って起業することを政府が奨励しているのもあって、Uターンでレジャー農業を始める人もいる。ただ、単によそのまねをして差別化ができず、事業に失敗する例も多い。
日本へ視察に訪れている
何はともあれ、レジャー農業が一大市場を形成しつつあることは、隣国の日本に良い影響を与える可能性がある。というのも、中国のレジャー農業が始まったのはせいぜい1980年代のこと。それに比べ、日本の観光農園や観光牧場の歴史は古く、ノウハウもある。日本に学ぼうと、中国のレジャー農業の事業者が視察で訪れるということが、実際に起きている。
中国人が国内でレジャー農業の楽しみ方を知ったことは、彼らの海外旅行の仕方にも影響するだろう。中国人の人気渡航先一位をタイと争う日本でも、今はまだ大都市圏での観光と買い物がメインの旅行スタイルが、農村でのグリーンツーリズムへと深化していく可能性は高い。実際、中国人が日本の田舎で古民家を購入・改装して中国客向けの宿にするといった話は少なくない。日本の観光農園や農家民宿は今のところ台湾客の利用が多いが、中国客は基本的に台湾客の後を数年遅れで追う流れにあり、かつ自国内ですでにレジャー農業が浸透しているので、今後利用は増えていくだろう。
中国の国内問題の解決を目的に拡大したレジャー農業だが、日本の農村の振興という思わぬ効果ももたらそうとしている。向こうからやってきた千載一遇のチャンスを生かさない手はない。
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。