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2018年8月14日

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小泉悠 (こいずみ・ゆう)

東京大学先端科学技術研究センター特任助教

1982年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。民間企業を経た後、2008年から未来工学研究所。09年には外務省国際情報統括官組織で専門分析員を兼任。10年、日露青年交流センターの若手研究者等派遣フェローシップによってモスクワの世界経済・国際関係研究所(IMEMO)に留学。専門は、ロシアの軍事・安全保障政策、軍需産業政策など。著書に軍事大国ロシア』(作品社)、『プーチンの国家戦略』(東京道堂出版)、『「帝国」ロシアの地政学』(東京堂出版)。『ロシアの軍事情報を配信するサイト「World Security Intelligence」(http://wsintell.org/top/)を運営。

ロシアの恐れる「最悪のシナリオ」

 ネタニヤフ首相は7月11日にもモスクワを訪れている。公式訪問ではなく、ロシアで開催されていたサッカーW杯の観戦を目的とする「私的訪問」とされたが、本当の狙いはやはりシリアにおけるイラン革命防衛隊の展開について協議することであったというのが大方の見方だ。ネタニヤフ首相自身も「シリア、イラン、そしてイスラエルの安全保障上の必要に関して協議する」ことを明らかにしているほか、イスラエル首相府が『タイムズ・オブ・イスラエル』の取材に対し、「会談が終わる時間に応じて試合観戦に赴く」と回答していることからして、W杯が「おまけ」であったことは明らかであろう。

 この訪問自体は以前から明らかにされていたものであったが、その直前の7月8日にはイスラエル空軍が再びT4基地を空爆していた。イスラエルがシリア領内でイラン攻撃を続ける一方、ロシアとのトップ外交を活発化させていることが窺えよう。

 こうしたイスラエルの動きをロシアがどこまで容認しているのかは明らかでない。ただ、ロシアが軍事力を用いてイスラエルの行動を阻止することは、中東に展開させうる軍事力の規模からも財政面からも困難であり、ロシアの選択肢はいずれにしても限られている。「合意できないことに合意する」というのが、シリアを巡るロシアとイスラエルの当面の状況であろう。

 とはいえ、ロシアにはイスラエルに全面的に同調するわけにはいかない事情も存在する。これについては以前の拙稿(『イスラエルのシリア空爆とロシアの役割』http://wedge.ismedia.jp/articles/-/12849)でも扱ったが、ここで改めて簡単にまとめておこう。

 第一に、イスラエルによる革命防衛隊への攻撃を全面的に認めてしまえば、ロシアとイランの関係が確実に悪化する。中東における最重要友好国であるイランが完全に離反する事態はロシアとしては避けなければならない。ことにロシアがシリア全土を制圧できるだけの地上兵力を提供できない以上、ここでイランの支持を失えばロシアのシリア戦略が破綻しかねない。米国がイランに対する姿勢を硬化させている現状ではなおさらである。

 第二の、そしてさらに深刻なシナリオは、シリアを舞台としてイランとイスラエルの全面衝突が始まってしまう可能性である。イスラエルによる空爆後、このようなシナリオの蓋然性は賛否を含めて様々に論じられたが、ロシアにとっては看過できないリスクであったことだけは間違いない。シリア発第5次中東戦争が勃発すれば、これはこれでロシアのシリア戦略を崩壊させる可能性をはらんでいるためである。

 いうなればイスラエルとイランの間で板挟みの状態に置かれているのが現在のロシアであると言える。そして、これに対してロシアが打ち出したのが、冒頭で述べた「調停者」として振舞うという戦略であった。

 そこで次回は、「調停者」としてのロシアと、その限界について考えてみたい。

  
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