安保激変

2018年9月28日

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村野 将 (むらの・まさし)

米ハドソン研究所研究員

拓殖大学大学院博士前期課程修了。岡崎研究所研究員などを経て2019年より現職。日本国際問題研究所研究委員等を兼任。専門は日米の防衛政策、核・ミサイル防衛を含む拡大抑止政策。

寧辺の核施設廃棄提案から見えるもの

 さて、北朝鮮は平壌共同宣言の中で「米国が相応の措置をとれば、寧辺にある核施設の恒久的廃棄などの追加措置を講じる用意がある」としている。宣言文が公開された直後から、「米国が相応の措置をとれば」という条件が問題視されているが、ここではそれを深掘りすることはせず、寧辺の核施設が持つ意味についてだけ評価しておきたい。

 寧辺は、北朝鮮の核施設の代名詞とされてきたが、そこに存在するのは単一の施設ではなく、核活動に関連する様々な施設の複合体である。代表的なものとしては、5メガワット級の黒鉛減速炉、実験用軽水炉、核燃料製造=ウラン濃縮施設、プルトニウム抽出用の使用済み核燃料再処理施設などが挙げられる。

 このうち、寧辺で特徴的なのは核兵器の原料となるプルトニウムの製造能力である。少なくとも公開情報の上では、北朝鮮のプルトニウム製造施設は寧辺でしか確認されていない。ロスアラモス国立研究所の元所長で、寧辺の核施設に案内されたこともあるスタンフォード大学のジークフリード・ヘッカー教授を中心とするチームによれば、寧辺では2003年以降、国際原子力機関(IAEA)の査察官が常駐していた2008~9年を除き、断続的なプルトニウム抽出が行われてきたと分析しており、年間6kg、核弾頭にして4~8発分に相当する計20~40kgのプルトニウムを保有していると見られている。したがって、北朝鮮が言うとおりに寧辺の核施設をすべて廃棄すれば、プルトニウムの増産については歯止めをかけることができるだろう。

 しかし、ここで制限できるのはプルトニウム生産のみということに留意する必要がある。

 というのも、北朝鮮は寧辺以外の最低2箇所に、公表していない秘密のウラン濃縮施設を保有していると考えられているからである。そのうち1つは、今年7月に平壌郊外の千里馬地区に存在することが公開情報によって確認されている。同施設は、10~15年以上前から稼働をはじめ、長らく米情報機関が断続的に監視を続けてきたとされている。ヘッカー教授らは、北朝鮮は年間150kg、既に核弾頭にして10~25発分に相当する200~450kgの高濃縮ウランを保有していると見積もっている。

 このことから仮に寧辺の核施設が廃棄されたとしても、北朝鮮の核兵器製造能力に与える影響は限定的である。そればかりか、再処理済みのプルトニウムや濃縮ウランのストックパイル、そして複数の秘密施設で濃縮を続けられるウランを用いて、核弾頭の製造を継続することは可能なのである(※ポンペオ国務長官は9月19日に発表した声明において、「米国とIAEAの査察官の立ち会いの下、寧辺にあるすべての核施設の恒久的廃棄を含む、朝鮮半島の完全な非核化というシンガポールでの共同声明を、文大統領と金委員長が再確認したことを歓迎する」としているものの、平壌共同宣言では、IAEAの査察官の立ち会いや「寧辺の核施設」に何が含まれるのかといった定義については言及されていない)。

 以上に見たように、北朝鮮が平壌共同宣言の内容を文言通り履行したとしても、既に保有している核・ミサイル能力には一切影響がなく、今後それらの能力を増強しうる余地を残していることは、北朝鮮問題に関わるすべての利害関係者の共通認識として押さえておくべきだろう。
 

  
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