2024年4月19日(金)

安保激変

2018年9月28日

注目すべきは「固体燃料ミサイル」の動向

 今後北朝鮮のミサイル技術発展で注目すべきなのは、液体燃料ミサイルではなく、固体燃料ミサイルに関する動向である。固体燃料ミサイルは、キャニスターに装填したまま長期間保存できることから、燃料注入などの事前動作を行う必要がなく、相手から発見されにくい=即応性・残存性を向上させることができる。北朝鮮は既にソ連製の潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)をベースとした「北極星1」、それをキャタピラ式移動発射台に搭載した「北極星2」という固体燃料ミサイルを開発・保有しているが、これらの射程は1500-2000km程度と見られ、米国には届かない(後述するように、日本に届くことには大いに問題がある)。

 しかし、固体燃料ミサイルに関連する施設は東倉里には存在しない。例えば、発射実験用と見られるキャニスターは東部の新浦と南西部の南浦にそれぞれ設置されている。また、固体ロケットモーターの地上噴射試験や燃料の製造を行う施設は東岸の咸興にあり、しかも同施設は今年5月から6月にかけて大幅な拡張工事が行われたことが衛星画像によって確認されている

 液体燃料ミサイルと固体燃料ミサイルの施設が別の場所にあるのは、重要施設を分散させることはもとより、ミサイル本体の構造が異なるためと考えられる。液体燃料ミサイルは、燃料と酸化剤の容量を増やしたり、ステージを積み増しすることによる射程延伸が比較的容易であるのに対し、固体燃料ミサイルは一度燃焼を始めると推力を調整するのが難しいため、燃料の成型段階で中心部に設ける穴の形状を変えるなどして、点火後の燃焼速度などを細かく設計する必要があり、技術的難易度が高い。南浦の実験用キャニスターは、北極星2よりも直径がやや大きいように見えるが、多少直径が太くなった程度ではICBM級の大幅な射程延伸には繋がらないだろう。

 実際、冷戦期の米ソを例外とすれば、中国が北極星シリーズと似たサイズの固体燃料ミサイル「JL-1(射程約1700km)」からICBM級の「DF-31(射程約8000km)」の飛翔試験に漕ぎ着けるまでには18年、インドの場合でも「アグニ2(射程約2000km)」を「アグニ5(射程約5500km超)」まで発展させるのには13年の年月を費やしていることからすると、北朝鮮が固体燃料ICBMの開発に短期間で成功することは難しいと考えられる。

 となれば、咸興の固体燃料関連施設が拡張されたことによって懸念されるのは、当面の射程延伸よりも、北極星シリーズの生産量が増加することである。既に米国家航空宇宙情報センター(NASIC)は、今年前半までに北極星2に使用される移動発射台と支援機材が増産されたと分析していることと合わせると、日本を攻撃しうる北朝鮮のミサイル能力は現状維持どころか、より深刻化していると見るべきであろう。

東倉里の発射台ももはや必要のないもの

 東倉里には、上記のエンジン試験場とは別に、「人工衛星の打ち上げ」と称して、「銀河2号/3号=テポドン2およびその改良型」の発射に使われてきたタワー型の固定発射台が存在する。

 この発射台は2012年4月と12月、2016年2月に使用されたが、それらを人工衛星の打ち上げと捉えるか、事実上の弾道ミサイル発射実験と捉えるかは解釈による。銀河3号=テポドン2改は、メインエンジンにノドン用のエンジンを4基束ねたクラスタエンジンを用いた3段式の打ち上げロケットであるから、北朝鮮がこれらの発射を通じて射程延伸に繋がるクラスタ化技術と、打ち上げ後のステージ分離の検証を行ったことは間違いないだろう。

 だが、これらが弾道ミサイルの発展・改良に繋がる技術的蓄積になったのは事実としても、テポドンそのものは“使える”弾道ミサイルではなかった。固定発射台を必要とする全長30m近い液体燃料ミサイルは、燃料注入にも時間がかかることから、その発射兆候を捉えることも容易であり、実戦的な運用には適さない。だからこそ、現在北朝鮮が実戦配備しているミサイル戦力は、燃料形式を問わず、すべて移動発射台に搭載されている。

 つまり北朝鮮にとってタワー型の固定発射台は、液体燃料エンジンの試験施設と同様、もはや必要ないものなのである。また平壌共同宣言では、専門家の立ち会いによって施設の恒久的廃棄を保証するとしているが、そもそもエンジン試験場と発射台の外部構造を専門家に見せたところで、大して有益な追加情報は得られない(その多くは、既に衛星画像や公開情報などから既に確度の高い分析評価がなされている)。したがって、東倉里の廃棄も、5月24日に行われた豊渓里の核実験場の廃棄のように、核・ミサイル能力の低減という観点からは効果のないパフォーマンス的なものにとどまることが予想される。


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