ここまでは、今会える駅弁としての感想となる。宮島口駅弁の凄さは、1901(明治34)年からその姿を変えていないという点にこそある。まるで駅弁の生きた化石、シーラカンスである。1880年代ないし明治10年代に始まる駅弁の歴史では古代と言える時代から、「あなごめし」は悠々と泳いでいる。この恐るべき事実を、駅弁でも売店でもさっぱり宣伝していない点もまた、悠々としている。
ところで、宮島口駅弁のあなごめしは過去に6度は食べているが、その印象はおこげの香りを除いて毎回違う気がする。出来立てよりも数時間置いた方がうまいともされる。そこで2010年の夏、駅前の食堂と駅舎の売店で「あなごめし」を1個ずつ購入、出来立ての食堂版をすぐに食べ、作り置きの売店版を消費期限まで引っ張り、味を比べてみた。確かに、出来立ては味がスッキリして、香りも食感も尖っている。作り置きは身と飯がなれていて、香りも食感も柔らかい。どちらがうまいかは、好みによるだろう。
明治時代の風味と体裁をこれからも・・・
宮島口駅は昔も今も宮島の玄関口である。しかし駅や鉄道を取り巻く状況は、駅弁にとって厳しい方向へ大きく変わってきた。1975(昭和50)年の山陽新幹線の全通により、駅弁を買う旅客を積んだ昼間の特急や急行が全滅した。その後長距離客を運んでくれた夜行列車も、2009(平成21)年3月の寝台特急「富士」「はやぶさ」の廃止で、やはり全滅した。現在の宮島口駅は、広島都市圏の通勤電車が発着する都市近郊の駅である。かつては立ち売りで、近年まで駅弁売店で販売されていた「あなごめし」も、今では駅に入居するコンビニで売られる弁当の一員となっている。
老舗の駅弁は、少しでも味や姿が変わるとすぐに常連の苦情となって跳ね返る。そのような話は宮島では聞かないから、伝統と現実を見事に調整し調製を続けているのだろう。鉄道も駅弁も2世紀目を迎えるが、千数百年の歴史を刻む宮島に負けないよう、そして本物の化石とならぬよう、明治の風味と体裁を今に伝え続けることを願いたい。
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