山陽鉄道、鉄道省、国鉄、JRと経営主体が変わっても、
鉄道と連絡船の結節点である山陽本線宮島口駅。
ここで売られる、100年以上も姿や形、味が変わらない名駅弁は、
世界文化遺産の玄関口である街と駅に歴史の彩りを与える。
宮島は名所である。古くは平安時代に平清盛が厳島神社を現在の荘厳なものへ造営した。新しくは、といっても今から百年前の明治時代の話であるが、神戸から下関へ向けて瀬戸内海の航路と競いながら鉄道線路を延ばした山陽鉄道が鉄道連絡船で行楽客の誘致に努めた。1996(平成8)年にはユネスコが厳島神社を世界文化遺産に登録し、宮島は世界の名所となった。
現在のJR山陽本線の宮島口駅では、昭和の国鉄時代、その前の第二次大戦前の鉄道省の時代、さらにはその前の全国各地の主要な鉄道が国有化される前の明治時代の山陽鉄道の時代から、駅弁が1種類だけ販売されている。「あなごめし」あるいは「あなごめし弁当」と紹介される、穴子重がそれである。1901(明治34)年に登場したという、駅弁としては全国で屈指の歴史を持つ。
瀬戸内海は魚介類の宝庫である。駅弁に限ると特にアナゴが名物である。山陽では神戸から小郡改め新山口まで、四国では高松から松山まで、アナゴ飯、アナゴ寿司、アナゴちらしなどといったアナゴの駅弁が、ほぼすべての駅弁販売駅で取り扱われている。アナゴは素材と調理の掛け算で料理人の腕を試す。各駅のアナゴ駅弁は、名前や見栄えが似ていても食べると本当に味が異なり、食べ比べで食べ続けても飽きが来ないほどである。
他のアナゴ駅弁を頭一つリードする「あなごめし」
そのような仲間あるいはライバルが多い中で、例えば全国の駅弁ランキングが作られれば十傑をまず外さない、宮島口駅の「あなごめし」は、少なくとも頭ひとつかそれ以上抜けている。まずは値段が1,470円と張り、他駅の駅弁を頭ひとつリードする。
底上げの経木折に、アナゴの出汁で炊いた御飯を詰め、アナゴの白焼きを整然と敷き詰めて、漬物を3種添える。これにふたをするのも経木(へぎ)であり、容器を包む掛紙は昔に使われた12種類の絵柄がランダムに使われる。縁のカラーのバリエーションも6種以上はあると見え、すると12×6=72種類以上の掛紙があるのだろう。駅弁ファンの掛紙収集意欲が、ここでくすぐられる。
経木折が水分を調整するからか、アナゴも飯もやや固め。ここにジューシーさに頼らない旨味が凝縮される。明治時代から継ぎ足しで使うタレに何度も漬けて何度も焼いたという焼穴子の、タレの焼き焦げがなんとも香ばしい。暑くても寒くても満腹でも食欲を誘う。飯には飯だけで食が進むのではなく、アナゴと合わせて食べることで食が進むようなエキスが浸みる。容器に深さがあり、意外に分量が多い駅弁ではあるが、満足の前に満腹が来ることなく、一気に食べられてしまう。