戸田 「あいつはいつも約束を破る。そして私を何時間も待たせる。自分を待っている女を意識することで自意識を満足させると、心の中でアンジェリカは叫んだ」
ムロ 「心ので、じゃないよ。腹のなかで、だよ」
戸田 「どうして知っているの?」
ムロ 「僕が書いたからさ」
戸田 「間宮真司? 間宮真司なの? どうしていわなかったの」
ムロ 「君があまりにもほめるから」
ふたりは居酒屋で、遠く離れて声が聞こえない店長と店員の会話をアテレコのようにしゃべっては、楽しんでいる。尚は、外国人カップルの会話を。
女 「うち、どうしてご飯なんて食べに来たんやろ。うちが行きたいんは、あんたの家や」
「花嫁衣裳もそろえたし、披露宴の司会も頼んだ。でも、快速特急から降りたい。あんたの家に連れてって」
(相手の男性客は女に促されるように店を出る)
戸田 「私たちも出ない?」
真司の狭いアパートの一室でみつめ合うふたり。
戸田 「何もしないの?」
ムロ 「快速特急を降りられるの? 道じゃないよ。砂漠だよ。砂漠を歩けるの?」
尚は、ワシントンにいる井原(松岡)に電話をして、婚約の解消を申し出る。
戸田 「私の選択が正解かどうか、いつわかるのか、誰がいつ決めるのか、わかりません。理性を超えた本能が私に命じるんです」と。
徐々に現れる若年性痴ほう症の症状
尚の若年性痴ほう症の症状は徐々に現れている。患者の名前を忘れる。真司のアパートの合い鍵を作って財布に入れていたのに忘れて、アパートの階段で真司を待つ。真司の部屋で料理を作ろうと買い物をしていたところ、自分のいる場所がわからなくなって、あわてて駆け出して、自転車との衝突事故を起こす。検査の結果、異常がないということになり、迎えにきた母とともに家に帰ることになった。
運び込まれた大学病院で、ワシントンから帰国し、教授に挨拶に来た、井原がたまたま急患の脳のCTの画像を見る。「若年性痴ほう症ではないか」と担当医に告げる。そして、患者名が「キタザワ ナオ」と気づき、「まさか」と絶句するのだった。
尚は、病院から返されたバッグのなかから、真司と尚がふたりとも好きな飲み物の「黒酢はちみつ」をみつけて、真司との約束を思い出して、走り始める。
<彼女はあのころからいつも急いでいた。まるで何かに追われているように、いつも、いつも走っていた。人は誰しも残りの時間に追われている。そして、死に向かって走っている。だからといって、ふだんはそのことを意識しないものだ。でも、彼女は違った。生まれたときから、残りの持ち時間を知っているごとく全力で走っていた>
大石静は、鈴木京香主演の「セカンドバージン」(NHK、2010年)、石田ゆり子の人気復活につながった「コントレール~罪と恋~」(同、2016年)などの恋愛ドラマの名手であるとともに、北川景子の新しい魅力を引き出した「家売る女」(日本テレビ、2016年)のような新機軸のドラマでも知られる。今回のドラマもまた、大石の傑作ドラマの系譜に加えられるのは間違いない。
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