2022年7月7日(木)

使えない上司・使えない部下

2018年10月24日

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Q たしかに、1970年~90年代は「両者リングアウト」とか、ファンからすると理解しがたい「反則勝ち・負け」という結末の試合がありました。試合に不満をもったお客さんの暴動もありました。あのような試合を繰り返していて、お客さんをリピーターにすることは難しいかもしれませんね。ところで長年、同じ会社の中で仕事をしてきた選手たちから、あの本について本当に抗議などはないのですか?たとえば、高橋さんは猪木さんや坂口さん、藤波さん、長州さんなどと同じ時代をプロレス界で生きてきたわけですね。

高橋:名前が挙がった選手たちだけでなく、ほかの選手も含め、1対1で話し合うような機会は(1998年の)引退後に一切ありません。プロレスをこの取材の場ではとりあえず「個人競技」とします。この「個人競技」は、チームで競い合う「団体競技」でありませんから、プロレスの選手は互いにライバルであり、敵なのです。現役時代も、親友と呼べる間柄の選手は少ないのです。引退後は、互いに連絡をとり、会うような機会はめっきり減ります。力道山の時代から、そうだったのですね。

Q プロレスは「格闘技」ではなく、「個人競技」ですか?

少なくとも、格闘技とは言わないと私は思います。どちらが勝つのか、負けるのかと試合をする前に決めるのは、格闘技ではないはずです。試合前に結末を決めているプロレスは、ショー以外の何物でもないのです。

Q 意味の深い言葉ですね。1回目の記事で取り上げたマッチメイカーのことは、私なりに理解しました。今度は、プロレスにおけるレフェリーの仕事を教えていただけないものでしょうか?

高橋:格闘技は試合をする前に勝負は決まっていないのですから、レフェリーや審判は勝負の判定をすることが大きな仕事になります。これに対し、プロレスは試合の前に決まっていますから、レフェリーはおのずと違うことを求められます。主役は選手であり、レフェリーは試合を盛り立てるという意味で脇役です。そこを念頭に置きながら、プロデューサーとして試合をつくることも必要です。

たとえば、外国人で気性の激しい選手が殴り合いをするうちに、我を忘れるほどに興奮しているとします。その場合は、落ち着かせるために「テイク・イット・イージー」(Take It Easy)などと耳元で言います。あるいは、日本人選手どうしの試合で、寝技が続くと、お客さんがしらけてしまうことがあります。私が選手たちのそばで「場外乱闘をしようか」などと言い、選手たちが実際に場外で闘うことで試合の空気や流れががらっと変えることもしました。猪木さんにも「猪木さん、~をしましょう」と耳元でささやき、猪木さんが「おお…」と答え、それ通りの試合展開に進んでいくこともありました。ここまでできないと、レフェリーとして一人前とは言わないと私は思います。

かつて、力道山(選手)と木村政彦(選手)が試合をしました。力道山が木村さんを一方的に潰してしまった試合です。以前、ある雑誌の取材で「高橋さんがこの試合のレフェリーだったら、どうしましたか?」という質問を受けました。私が現役であった頃の猪木さんとの関係、つまり、年齢が近く、長年、選手とレフリーとして仕事をしてきたような関係が力道山との間にあるならば、興奮している力道山に「力さん、落ち着いて」と言いました。そして、試合を元の正常な状態に戻し、少なくともあのような結末にはしないようにしたと思います。

Q 動画サイト「YouTube」であの試合を確認しましたが、力道山のあの攻撃、特に木村さんの顔をなぐったり、手を踏みつぶしたりというシーンは気分が悪くなりました。この試合に限らず、事前の取り決めを守らずに闘う選手は、相手が事前に決めたことに従うゆえに、自分には反撃ができないと確信しているように思えるのです。つまり、プロレスの裏面を否定しながら、プロレスのその一面を利用し、勝ち名乗りを上げようとしている。ファンはそこまでを察知するがゆえに、試合後に後味の悪い思いになるのだと私は考えています。「試合前の取り決め」でいえば、1980年代はレフェリーが選手に暴行を受けるのが、1つのトレンドでしたね。あれも、事前に話し合いがなされたうえでのことだったのでしょうか。

高橋:あの頃、私は(アンドレ・ザ・)ジャイアントや(スタン)ハンセンからラリアットをくらいました。当時、私の体重は約100キロで、筋肉は今よりはるかに大きく、動きも敏捷でした。日本人選手たちと一緒に(新日本プロレスの道場などで)鍛えていたのです。ハンセンから、「ピーター(高橋さんのこと)だったら、思い切り、ラリアットができる」とよく言われていました。試合で実際にラリアットを見舞われると、キツイですよ。私の体重が50~60キロだったら、ハンセンはケガをさせるかもしれないと思い、おざなりの弱々しいラリアットしかしなかったでしょうね。

アンドレとハンセンの試合(1981年)で、アンドレがはじめてラリアットを使ったのです。その相手が、レフェリーの私でした。試合前に、アンドレが私にラリアットをすることが決まりました。もちろん、反則ですけどね。双方の身長差がかなりありますから、私はアンドレに「のどには(ラリアットを)入れないでくれよ」と言いました。ジャイアントは承諾していました。だから、彼は腰をやや落とし、私の胸に腕を当てるようにして右腕を振り回したのですが、それでも、のどに入ってしまい、病院直行になりました。

Q あの試合を「YouTube」で確認すると、アンドレがハンセンの耳元で何かをささやいた後、ハンセンがアンドレをボディスラムでマットにたたきつけているように見えます。あのささやきは、事前の取り決めで決めたおいたことを「おい、やるぞ!」と言っているのかな、と私は受け止めました。しかも、レフェリーである高橋さんがテレビカメラに背中を向けることなく、顔の表情がきちんと画面に映るような位置にいます。アンドレがマットにたたきつけられると、驚いたような顔になりますね。3人が、見事に演じているように見えました。私は、番組の中継をするアナウンサーや解説者にも事前にボディスラムのことは伝えてあるように思いました。
ところで、事前の打ち合わせはどのような雰囲気なのですか?

高橋:外国人選手どうしの場合も、試合の結末や試合の展開を決めます。あの試合ではレフェリーである私を交え、双方が直接、向かい合って話し合い、納得し、合意のうえでリングに上がりました。話し合いの最後は、「グッドラック」と言い合い、握手をして互いの控室室に入っていきます。この場合の「グッドラック」は、「思い切ってやるけど、けがをしないことを祈るよ」「いい試合をしよう」などの意味があるようです。試合が始まれば、互いに殴るときも、蹴るときも手加減はしませんよ。吉田さんが話されたアナウンサーや解説者に、試合内容や事前の取り決めを話すことは絶対にありません。

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