Washington Files

2018年10月29日

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斎藤 彰 (さいとう・あきら)

ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長

1966年早稲田大学卒業。68年米カリフォルニア州立大学バークレー校大学院修士課程修了、70年読売新聞入社。ワシントン常駐特派員を2度務めた後、アメリカ総局長、東京本社取締役調査研究本部長などを歴任。近著に『中国VSアメリカ』『アメリカはカムバックする!』(いずれもウェッジ)がある。

中国に対するけん制

 その一方で、トランプ政権の今回のINF離脱表明の背景には、ロシアの条約違反への対抗措置とは別に、もうひとつの狙いがあるとする見方がある。つまり、中国に対するけん制だ。

 この点に関連して、ハリー・ハリス米太平洋軍司令官(当時)は昨年4月、下院軍事委員会での証言で「中国人民解放軍は今や、2000発以上の弾道ミサイルおよび巡航ミサイルを保有しているのに対し、わが国はINFに縛られているためこれに対応するだけの十分な戦力を持ち合わせていない。中国のこれらの兵器のうちの95%は、もし中国が加盟していればINF条約違反の対象となりうる警戒すべき戦力だ」と指摘、米国およびアジア太平洋の同盟諸国がこれらの兵器の脅威にさらされつつあることを警告した。

 実際に、多くの軍事専門家が指摘する通り、従来のINF条約は米露両国のみを拘束してきたが、その間に、フリーハンド状態の中国が着々と核軍拡に乗り出してきたという事実はもはや否めなくなっている。

 そこで最近、中国の軍備増強に最も神経をとがらせているトランプ政権としては、これを口実にINF破棄に踏み切り、アメリカも対抗上、INF強化に乗り出すのが本当の狙いだとする指摘もある。

 その意味で、トランプ政権内だけでなく米議会のタカ派議員たちの中にも、条約破棄を支持する空気も少なくない。

 中国はトランプ大統領がINF条約破棄を表明した同じ22日、さっそく「同条約は世界の戦力バランスと安定を維持する上で重要な役割を果たしており、破棄はマイナスの影響を及ぼす」(外務省副報道官)との批判的コメントを出し、大統領が中国の兵器開発にも言及したことについて「誤りに誤りを重ねるもの」と一蹴した。
 
 一方で、もし実際にアメリカが、大統領の言明通り条約破棄に踏み切り、パーシングIIミサイルなどに代わる新型のINF開発・配備に着手した場合、ロシアそして中国を巻き込んだ新たな軍拡レースに発展する恐れがあることから、今回は米政府としては「条約破棄」の言明だけにとどめ、その取引材料としてロシアに対し、現行のINF条約違反の停止を求める呼び水とする可能性も否定できない。

 それを裏付けるように、モスクワを訪問中のボルトン米大統領補佐官は23日クレムリンでプーチンロシア大統領と会談、米露首脳会談を来月11日、パリで行うことで合意した。この首脳会談では、INF条約への対応をめぐって双方で大詰めの白熱した論議が交わされることになるとみられる。

 では、こうした事態に日本はどう対応すべきか。

 当面、考えられるのは以下の3点だろう。

  1.  ロシアに対し、INF条約破棄で「軍拡レース拡大」という同じ深刻な影響をこうむる英国、ドイツなど関連欧州諸国と緊密な連携と情報交換の下に、条約違反の疑いを指摘、その厳格順守を強力に訴える。
  2. アメリカに対し、同じ欧州同盟諸国とともに、条約破棄を踏みとどまるよう、粘り強く説得する。
  3. もし、アメリカがこれに応じない場合は、これまでの米露2国間のINF条約に代わる中国を加えた3国間条約締結交渉の開始を当事国に呼びかける。

 
 いずれにしも、日本にとって、INF条約破棄は米露2国間のみならず中国までも巻き込んだINF開発競争を加速させ、結果的にやがては、ロシアそして新たに中国の核の脅威が日本に同時に降りかかってくる心配があるだけに、「当面、成り行きを見守る」といった消極姿勢は許されない。

 安倍首相にとっては、今から31年前、米ソINF交渉の際に中曽根首相が先頭だって発揮した日本の意欲的外交力をもう一度、呼び起こす絶好のチャンスとも言えよう。

  
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