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2018年11月17日

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樫山幸夫 (かしやま・ゆきお)

元産經新聞論説委員長

元産經新聞論説委員長。政治部で中曽根首相番、竹下幹事長番、霞クラブ(外務省)詰め、ワシントン特派員、同支局長、外信部次長、編集局次長、正論調査室長兼論説委員、産経新聞社監査役を歴任。2度のワシントン勤務時代は、ホワイトハウス、国務省などを担当、米国の内政、外交など幅広く取材した。

メディア受難の時

 考えてみれば、メディアへの弾圧は世界各地でみられる、メディアにとっては受難の時というべきか。

 トルコ・イスタンブールのサウジアラビア総領事館で、自国政府に批判的な報道を続けてきたサウジ人記者が殺害された残虐な事件は論外としても、われわれの身近、日本国内でも報道の自由に対する政府、国民の無理解ぶりを、残念ながら感じることが時にある。

 2018年9月、河野太郎外相は、各国外相と会談する際、冒頭から直接英語でやりとりしていることを説明、「霞クラブ(外務省記者クラブ)担当記者は冒頭の英語を理解するくらいの人に所属してほしい」と注文をつけた(9月15日付産経新聞)。小さい見出し、記事も短いものだったが、考えさせられる内容だった。

 外相会談については、外務省担当者から記者に対してブリーフィングが行われるのが常であり、英語を解さない記者が、それに基づいて記事を書いてはいけないというのか。外相は自分が英語に堪能であることから、同じ能力を持つ記者を求めて軽い気持で言ったのだろうが、外務大臣が記者を選別しているという印象を与えかねない。メディアが大臣の要求を容れて、メガネにかなった記者を送り込むなどということはあり得ない。

 これも筆者個人の経験だが、2014年、当時佳境に入っていたTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の交渉に関して、政府の対策本部高官が、新聞各紙の記事について、いくつかは「誤報」、「うそ」と直截な表現で批判。「書くなとは言わないが慎重な扱いをお願いしたい」と記者側に要請した。筆者は、「お上の報道干渉か」と半分揶揄、半分懸念を表明するコラムを書いたが、数日後、読者サービス室に寄せられた反応を読んでがっかりした。その読者は「この記者の認識は全くおかしい」と筆者を批判していた。

 国益を損なう報道などもってのほかということらしかった。国益はむろん重要であり、各メディアとも国益を損なう記事を躊躇なく掲載しているわけでは決してない。国益を尊重しながら、国民の知る権利と両立できるよう独自の取材を重ねているのであって、一連の記事もそうした努力の結晶だった。読者を責めるわけではないが、正直それを批判されたのは残念を言うとかはなかった。
 
 トランプ大統領とCNNの対立に話を戻すと、筆者はどうやら、トランプ政権批判だけに血道をあげてしまったようだ。

 大統領に舌鋒鋭く迫った記者の通行証が没収されたからといって、裁判所に訴えて取り消してもらうというのはちょっと情けない気がする。通行証の没収などに動揺することなく、これまで通り厳しい論陣を張ってほしい。

 「三権分立」という言葉に表現されるように、裁判所も「権力」の一角だ。ホワイトハウスという権力から不当な扱いを受けたからといって、別な権力に救済を求めるというのはどうだろう。CNNはトランプ氏に理性的な解決を求めるのは無理と感じ、やむなく法廷に持ち込んだのかもしれないが、言論で生じた対立は、言論をもって闘い、解決するのが本来あるべき姿だろう。口舌で大統領を負かし、記者証没収の撤回と謝罪に追い込んだなら、これこそ視聴者も求めることではないか。
 
 トランプ大統領、ホワイトハウスの対応は驚くほど強硬だったが、大統領のお気に入りの記者によるお気に入りの質問だけ聞かされる会見ては、視聴者、読者も退屈きわまりない。国民が知りたいと思っていることについて明らかにされずに、スムーズに終わっては、それこそまさに国益に反する。

 政府とメディアは時に協力、協調し、時に緊張した関係に陥ることもある。微妙な距離感の保ち方は政府、メディ双方にとって重要だが、そのあたりを念頭に置きながらテレビを観て、新聞を読んでいただけると、あらたな興趣もわいてくるだろう。

  
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