「中国の進軍」を止めることはできない
今春以来、トランプ政権の対中姿勢はエスカレートする一方だが、米中2国間関係の現状、APECでの“舌戦”に加え、APEC直前のシンガポールで行われたASEAN(東南アジア諸国連合)首脳会議などにおける関係諸国の動きから、我が国メディアの一部には、「米国は対中100年戦争を覚悟した」「この地域に米国が本格復帰し中国包囲網を構築することで、一帯一路の挫折は必至だ」などといった報道が見られるようになった。
だが、現状から冷静な判断を下すなら、政治・経済・軍事・メディアを含め、この地域の国際関係の主導権を握るのはワシントンではなく北京であり、この傾向を後押ししたのがアジアにおける米国の長期にわたる“不作為と不在”にあったことは、敢えて説明するまでもないはずだ。もちろん1989年に起こった天安門事件の後遺症を克服するために、中国が雲南省を軸に西南地域の国境を南に向って開け放ち、陸続きである東南アジア大陸部のミャンマー、タイ、ラオス、カンボジア、ヴェトナム、マレーシア、シンガポールといった国々に対して営々と力を注いできた事実も忘れてはならないのだが。
いわば中国は漢族が長期にわたる歴史の歩みにおいて進めてきた“熱帯への進軍”を、着実に再開させたのだ。だからこそ米国が「7兆円(最大600億ドル)規模のインフラ投資資金」をチラつかせようとも、自ら招いた劣勢を早急に挽回し、ASEANと中国の間にクサビを打ち込むことは至難と言わざるをえないのである。
「自国ファースト」が優先されるASEANの現実
いまASEAN各国の国内事情に目をやるなら、3人の息子(長男=3軍統合参謀長・陸軍司令官・首相身辺警護部隊副指揮官・国防部反テロ部門統括官、次男=陸軍情報総局長、3男=与党・カンボジア人民党青年運動部門統括)に娘婿(国家警察副司令官)で防衛・治安部門を固め長期安定政権を維持するフン・セン首相率いるカンボジア以外、いずれの国も安定政権とは言い難い。ここで政権の内実は問わない。
遠い将来はともあれ、近未来を想定するならASEAN各国の政府が最優先するのは、やはり国内政治の安定だろう。安定政権を構築し、社会の安定を図ることで海外からの資本と技術を導入し、経済発展を軸に国内社会建設を目指す。おそらく、それ以外の選択肢はないだろう。
加えて、かつてASEANをリードしたスハルト大統領(インドネシア)、リー・クワンユー首相(シンガポール)、マルコス大統領(フィリピン)、プレム首相(タイ)など内外に影響力を行使し、地域全体を見据えることのできる指導者は、現状では見当たりそうにない。マハティール首相(マレーシア)も、これら指導者と共にASEANを糾合し域外大国に立ち向かったことがあるが、すでに93歳である。加えて前政権の残した財政再建という大仕事が待っている。国内政治最優先だ。
であればこそ、加盟国が一体となって域外諸国に対処しASEAN全体の利益を図るという本来の理想の実現は困難に近いのである。
ASEAN全体を統合するような指導者の不在に加え「自国ファースト」に突き進む各国の姿勢――各国が抱えたこのような事情を熟知しながら、“熱帯への進軍”は続く。