チャイナ・ウォッチャーの視点

2018年11月28日

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樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]

 じつは、これまでも両国の代表者が参加して起工式(のようなもの)は複数回行われている。だが、その先には一向に進まない。それというのも、彼らの交渉は「談談打打・打打談談」――話し合いながら撃ち合い、撃ち合いながら話し合う――テーブルを囲むのは現場(戦場)での戦いを有利に進めるため、会談に臨むのは戦況を有利に持ち込むため――を基本としているからだ。自らに有利な条件を引き出すまで、話し合いは最後の一瞬まで続くのである。やや戯画化して表現するなら、ゲタを履いてからが本当の交渉なのである。

 タイからするなら経済建設のためには、国内をネットワークすると共に経済大国である中国との鉄道による流通ルート建設は必至である。一方の中国からするなら、中国が主導する東南アジア大陸部の鉄道ネットワーク建設は一帯一路にとっては至上命題であり、その鉄道ネットワークの要はタイだ。タイを除いた一帯一路は意味をなさない。

 中国とタイの双方にとってタイを南北に貫く高速鉄道は将来的には必要不可欠である。そこでタイは可能な限り中国から譲歩を引き出し、安上がりで工事を完成させたい。一方の中国は“出血”を最小限に押さえたうえで雲南省の省都である昆明を起点に、ラオスを経てメコン川を越え、タイを南北に貫きバンコクまで結び、そこから南下させて将来的にはマレーシアを貫きシンガポールまで繋げたい。

 23日、プラユット暫定政権で最も熱心な高速鉄道建設論者で交渉の最高責任者であるアーコン交通大臣は26回目の交渉結果を明らかにし、最後のネックとして借款利子問題を挙げた。中国側の提示する3%に対し、タイ側は飽くまでも2.6%を求めているとのこと。来年2月には第1期工事(バンコクから東北タイの中心都市であるコーラートを結ぶ全長152km余)の入札を実施するとの方針が打ち出された。

 これまでの交渉の経過からして、26回目の交渉結果が予定通り実施されるとは思えない。利子問題で暗礁に乗り上げる可能性は高い。だが交渉の歴史を振り返れば、中国主導による東南アジア大陸部における鉄路・陸路・水路・空路による物流ネットワーク建設が遅々とした歩みながら進められている事実を認めざるをえないのである。

 *

「一気呵成の業は我人民の得意ならんなれども、此熱帶國にて、急がず、噪がず、子ツツリ子ツツリ遣て除ける支那人の氣根には中々及ぶ可からず」(「暹羅に於ける支那人」『國民新聞』29(1896)年12月15日)とは、日清戦争前後にシャム(現在のタイ)に渡りバンコクにおける華僑の生態をつぶさに眺めた宮崎滔天の述懐である。

 東南アジアを巡って、中国は「一気呵成の業」で動いているわけではない。「急がず、噪がず、子ツツリ子ツツリ遣て除け」てきたのだ。ならば、これからも、そうするだろう。今こそ我われは歴史と冷静に向き合い、現実を冷静に見直すことが求められているに違いない。

  
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