2024年4月20日(土)

WEDGE REPORT

2018年12月18日

 英国の欧州連合(EU)離脱、いわゆる「ブレグジット」をめぐる政治は、主に英側での三つの「混迷」が複雑に絡んだ結果の行き詰まりである。特に、メイ英首相の宰相としての力量は、混迷の深まりに大きく関係している。英国政治の低迷がドラマチックに露呈した1週間として、2018年12月の第2週は、歴史に刻まれるだろう。(文中敬称略)

英大手メディアの中で唯一、12月9日付で「採決延期」を1面トップで報じた英日曜紙サンデー・タイムズ(飯塚恵子撮影)

行き詰まりの要因は英側に

 現在のブレグジット交渉の構図を、英国のメイ政権の立場から簡単に表現すると、交渉は“2正面の戦い”となっており、どちらも壁にぶつかっている。

 正面の一つは、EUとの交渉であり、もう一つの正面は、英国内での様々な立場の反対派の説得である。片方を立てれば反対側が立たず、特に英国内の説得は難航を極めている。(※ブレグジットの説明は、末尾の注釈参照)。

 首相のテリーザ・メイ(62)は、この2正面の間で板挟みのまま、新年の2019年を迎えることになりそうだ。離脱の日取りは、現時点で来年3月29日と決まっているが、それまでの快刀乱麻の解決は難しいだろう。EU側も英側も、それぞれさらに譲歩すべき点があるのかもしれない。だが、筆者のこれまでの取材や考察では、事態がこうちゃく状態に陥っているのは、ほとんどが英側の政治のていたらくのせいである。

混迷の要因1:メイ首相

 ブレグジットをめぐる政治の動きは、2016年6月のEU離脱の賛否を問うた国民投票と、その翌月のメイ政権発足以降、停滞と迷走を極めてきたが、メイは危機が起きるたび、かろうじて乗り越えてきた。

 それは、17年6月、政権基盤強化を目指して突然打った総選挙の想定外の大幅議席減であったり、主要閣僚の外相ポストを与えたにもかかわらず、今や完全に政敵に変貌した強硬離脱派のボリス・ジョンソンの辞任であったり、米大統領ドナルド・トランプから対EU交渉方法を公に酷評される屈辱であったり……普通の神経ならその一つだけでも深く落ち込んでしまうような打撃や失態にも、メイは驚くべき回復力で立ち直り、休みなく働いてきた。メイの最大の強みは「スタミナと回復力」であると、英政界のだれもが口をそろえる。

【最大の危機】

 数々の試練に耐えてきたメイだが、最大の正念場となったのが、12月11日(火)に設定されたEUの離脱協定案の承認をめぐる下院での採決だった。協定案の中で最も反発が強いアイルランドとの国境管理問題をめぐり、野党のみならず、与党内からも反対の大量造反が予想され、否決の公算が大きくなっていた。かたやEUは、11月25日に離脱協定案を正式決定して以降、「これが最終合意。再交渉はない」と強調していた。

 否決されれば、来年3月末は、EUとの合意がないままの大混乱の離脱(「合意なき離脱」)となる可能性が高まる。メイ本人の退陣につながる恐れもある。メイとその側近閣僚らは、反対派の保守党議員や、国内各地の有権者らへの説得工作に奔走していた。

 説得は効くのか……直前の日曜日の12月9日、英国の大手新聞やテレビのほとんどが「メイ首相、11日の採決へ最後の説得」と報じたのに対し、日曜紙サンデー・タイムズの1面トップ記事は異彩を放った。

 「メイ、必死の賭けでブリュッセルに(離脱案変更を)要求へ 首相は採決を延期」

 記事は、「側近らがメイに延期を納得させた。彼らは、首相があす月曜、延期を発表するとしている」と決めうちしていた。

 しかし、9日朝の日曜政治番組や生のインタビューでは、離脱担当相のスティーブン・バークレイや、古参議員で環境相のマイケル・ゴブらが新聞報道を否定し、「11日に必ず採決する」と断言。さらに、欧州理事会常任議長(EU大統領)のドナルド・トゥスクは午後3時前、「メイ首相と電話で話した。今週はブレグジットの運命にとって重要な週になる」とツイートした。これを見て、やはり採決延期はない、と多くが考えたのも無理はない。

 翌10日月曜付の新聞各紙も、延期を明確に報じたところはなかった。BBCも昼前まで11日の採決の厳しい見通しを報じていた。

 メイが緊急声明を発表する、と伝える速報やツイッターが一斉に流れたのは昼過ぎになってからである。そして、午後3時半、メイは首相官邸の前に立ち、「あす採決すれば、離脱案は大差で否決される」として、延期を発表した。「前代未聞の大失態」「メイ政権は崩壊」「議会軽視」など、政治家や識者らの間で激烈な言葉が飛び交った。


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