補講 北朝鮮入門

2019年3月11日

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礒﨑敦仁 (いそざき・あつひと)

慶應義塾大学准教授

1975年東京都生まれ。慶應義塾大学商学部中退。在学中、上海師範大学で中国語を学ぶ。慶應義塾大学大学院修士課程修了後、ソウル大学大学院博士課程に留学。在中国日本国大使館専門調査員、外務省専門分析員、警察大学校専門講師、東京大学非常勤講師、ジョージワシントン大学客員研究員、ウッドロウ・ウィルソンセンター客員研究員を歴任。慶應義塾大学専任講師を経て2015年から現職。共編に『北朝鮮と人間の安全保障』(慶應義塾大学出版会、2009年)など。

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澤田克己 (さわだ・かつみ)

毎日新聞記者、元ソウル支局長

1967年埼玉県生まれ。慶応義塾大法学部卒、91年毎日新聞入社。99~04年ソウル、05~09年ジュネーブに勤務し、11~15年ソウル支局。15~18年論説委員(朝鮮半島担当)。18年4月から外信部長。著書に『「脱日」する韓国』(06年、ユビキタスタジオ)、『韓国「反日」の真相』(15年、文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)、『韓国新大統領 文在寅とは何者か』(17年、祥伝社)、『新版 北朝鮮入門』(17年、東洋経済新報社、礒﨑敦仁慶応義塾大准教授との共著)など。訳書に『天国の国境を越える』(13年、東洋経済新報社)。

「制裁の部分解除」と「全面解除」は認識の違い

 初日に開催された1対1形式の膝詰め会談の冒頭で、金正恩委員長は「全ての人が喜ぶ、素晴らしい結果をつくり出せると確信し、そうなるように最善を尽くす」と述べていた。2日目の拡大会合の冒頭では、非核化について「その意思がなければここに来ていない」と述べるとともに、米国の連絡事務所設置について「歓迎すべき」とまで言及した。

 ところが2日目の午後になると、ワーキングランチと署名式の中止が明らかになった。ただこの時点では物別れに終わったのだろうと推測できるだけで、いったい何が起きたのだろうかという状況だった。トランプ大統領の記者会見を聞いてようやく、経済制裁が焦点になったと分かったのである。トランプ氏によると、北朝鮮側は寧辺の核施設廃棄の見返りとして制裁の全面解除を要求。それに対して米国側は、制裁解除のためには寧辺以外の核施設廃棄も必要だと応じて全面解除を拒否したという。

 北朝鮮側は翌日未明になってから、李容浩外相が宿泊先のホテルで記者会見を開いて反論した。韓国・聯合ニュースによると、李容浩外相は首脳会談での北朝鮮側の提案について「米国が国連制裁の一部、すなわち人民生活に支障をきたす項目の制裁を解除すれば、寧辺にあるプルトニウムとウランを含む全ての核物質生産施設を米国の専門家らの立ち会いの下、両国の技術者たちの共同作業で永久かつ完全に廃棄する」というものだったと表明。これまでに採択された国連安保理制裁決議11本のうち、2016、2017両年に採択された5本の「民需経済と人民生活に支障を与えている項目」をまず解除するよう要求したことを明らかにした。

 両国の主張は完全に食い違っているように見えるが、そうでもない。北朝鮮に対する制裁は2006年10月の第1回核実験を受けて決議されて以降、現在までに11本ある。だが、当初は核・ミサイル開発に関連する特定の組織や人物などを対象とした制裁であり、北朝鮮にそれほど大きな痛みを強いるものではなかった。いわゆるターゲット型の制裁である。しかし、北朝鮮が2016年に核・ミサイル開発を加速させたことへの対抗策として、国連安保理制裁は北朝鮮の外貨収入や石油輸入を直撃する経済封鎖に近い形に強化された。2016、2017の2年間に採択された6本の制裁決議のうち5本が、こうした制裁だ。李容浩外相のいう「5本」はこれだろうから、米国側から見れば「ほとんど全面解除」になる。

 北朝鮮側は寧辺の核施設廃棄によって大幅な制裁解除を狙う取引をしかけたが、米国側は「それ以外」の核施設廃棄を含めた非核化措置が必要だと応じた。この食い違いには、シンガポールでの第1回会談での合意に対する双方の認識の違いが反映された可能性がある。

 シンガポールで署名された共同声明の骨格は、「北朝鮮の安全の保証(朝鮮語原文は「安全の担保」)」と「朝鮮半島の完全な非核化」のディールである。この場合の「安全の保証」は金正恩体制に対して与えられるものであり、北朝鮮の立場から言えば、体制を温存したままでの経済制裁の完全解除や米国との関係正常化が必要条件となる。その考えに従うなら寧辺核施設の廃棄という部分的措置に見合うのは、完全な「安全の保証」の手前となる民生部門への制裁解除だったのかもしれない。ところが米側は「制裁の全面解除」を要求されたと受け止めたから、それでは釣り合わないと拒否したという構図だ。そうであるならば、スモールディールないしミディアムディールをしようとした北朝鮮に対して、米国がビッグディールで対抗したことになる。

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