2019年元日、朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)の金正恩国務委員長による「新年の辞」が発表された。大きなサプライズはなかったものの、金正恩委員長が米朝交渉への意欲を示したことが注目される。米国の出方によっては「新しい道を模索せざるを得なくなる」と牽制しつつ、金正恩委員長自身が国民に向かって「完全な非核化」について初めて肉声で語った意味は小さくない。対米、対南関係への言及は昨年と同様に大きなウェイトを占め、今年も外交攻勢をかけていこうとする考えを読み取れる。
その他では、スーツ姿でソファに腰掛けて国民に語りかけるスタイルや金日成主席と金正日国防委員長という先代への言及がゼロになったこと、他国元首と同格の開かれた国家指導者であることを印象づけようとしているのではないかという言及などが今年の特徴として挙げられる。こうした点について分析してみたい。
新年の辞は前年を回顧して新年の施政方針を示すものだ。北朝鮮では最高指導者の「お言葉」「教示」が絶対視されるうえ、経年変化を検証できるため重要な分析対象である。
今年は、朝鮮中央テレビによる放映時間(約32分間)も、『労働新聞』掲載の文字数(10,028字)もこれまでに比べて若干増加した。南北関係に対する言及に全体の17.0%(1,707字)、その他の対外関係に13.5%(1,355字)が割かれた。対外関係の大部分は対米関係であり、対日関係への言及は過去6回の金正恩委員長による新年の辞と同じくゼロだった。金正恩委員長による初めての新年の辞であった2013年には、南北関係が10.9%、対外関係が4.4%だったことを考えると、対南・対米攻勢という昨年からの傾向は継続されると展望できる。今年も外交の年になるであろう。
初めて肉声で「完全な非核化」を明言
昨年の「新年の辞」は、平昌冬季五輪をカードに使って韓国の文在寅政権に対話攻勢をかける一方で、米国に対しては「米本土全域がわれわれの核攻撃の射程圏内にあり、核のボタンが私の執務室の机上に常に置かれている」などと牽制する発言が目立った。「既にその威力と信頼性が確固と保証された核弾頭と弾道ミサイルを量産して実戦配備」せよと指示する表現もあった。
だが今年は、「核強国」や「ミサイル」を強調することは一切なく、米朝関係進展と非核化への強い意思を見せた。昨年22回だった「核」への言及回数は2回にまで激減した。しかも、いずれも非核化に関する文脈であった。金正恩委員長は「これ以上は核兵器を作ることも実験することもせず、使用することも拡散することもしないということについて既に内外に宣布し、様々な実践的措置をとってきた」と主張すると同時に、北朝鮮の「主導的で先制的な努力」に対して「米国が信頼性ある措置を講じて相応の実践行動で応えるならば、両国関係はよりいっそう確実で画期的な措置を講じていく過程を通じて、素晴らしく速いスピードで前進することになる」という展望を示した。経済建設と核開発の両方を追求するという「並進路線」が昨年4月に終了したことも再確認した。
米朝関係全般については「両国間の好ましくない過去に固執し続け、抱えていく考えはなく、一日も早く過去にけりを付け、両国人民の志向と時代の発展の要求に即して新しい関係樹立に向けて進む用意がある」と強調した。そして、「対話の相手側が互いの凝り固まった主張から大胆に脱して互いに認め合い、尊重するという原則に基づいて公正な提案を行い、正しい交渉姿勢と問題解決の意志を持って臨むなら、互いに有益な終着点に到達する」という考えを示した。
核兵器を「作ることも実験することも、使用することも拡散することもしない」と既に宣言しているという言及は、米朝首脳間で約束された「朝鮮半島の非核化」が実質的に北朝鮮の非核化であることを金正恩委員長自らが認めたこととなる。「完全な非核化」について国民に肉声で発表したのも初めてであり、注目すべきだろう。核をこれ以上製造しないことについての言及も初めてであった。