2024年11月22日(金)

補講 北朝鮮入門

2019年1月4日

ゼロになった金日成、金正日への言及

 2013年以来7回目となる金正恩委員長による新年の辞で初めて金日成、金正日への言及がゼロとなった。「金日成」や金日成を意味する「首領様」についての言及は、2013年の10回から9回、7回、7回、5回、4回と徐々に減らしてゼロになり、「金正日」や金正日を意味する「将軍様」についての言及も2013年の19回以降、8回、8回、4回、5回、3回と減らしてゼロになった。両者を包含する「大元帥様達」といった用語も出てこないほか、一昨年から「遺訓」についての言及も見られない。昨年からは、金正日時代にもっとも重要なキーワードだった「先軍」への言及も一切なくなっている。

 一方で、「各国の首班」に対して「事業で成果があることを願っています」と挨拶を送ったのは目新しかった。金正恩委員長は「世界の趨勢」に合わせるようにという指示を繰り返してきた。新年の辞でのこうした言及は、自らを「各国の首班」と並ぶ立場にあるという認識を示そうとしているように思われる。

 形式面では新機軸が目を引いた。

 金正恩委員長は今年、壁一面が大きな書棚になった重厚な雰囲気の広い執務室に置かれたソファにスーツ姿で座って語りかけた。演壇を前に立って話していた昨年までとは全く違うスタイルだ。手元に持った原稿にほとんど目を落とさない雄弁な語り口とあわせ、若くて有能、それでいて親しみやすい指導者像を演出しようとしたようだ。従来の朝鮮労働党旗のほかに国旗も掲げていることから、シンガポールでの米朝首脳会談の際にトランプ米大統領とソファに座って会話を交わした姿を連想させる。

 こうした演出を行う前提となるのが録画と編集である。金日成は晩年を除いて毎年、生放送で新年の辞を発表していた。それに対して金正恩時代になってからは編集を加えた録画映像が使われるのである。(金正日は肉声での演説を行わず、『労働新聞』などの「新年共同社説」という形を取っていた。)

 今年の放送は32分間ほどだった。ところが北朝鮮メディアをチェックするモニタリング機関であるラヂオプレス(東京)によると、金正恩委員長の背後の机に置かれた時計の針は演説開始時に12時3分ごろを指していたが、終了時には同54分ごろを指していた。放送時間との差は20分弱となる。途中、時計の部分にぼかし処理が加えられたようで針がはっきり見えなくなっている場面もあったという。

 演説原稿を投影するプロンプタを使っているのではないかという指摘が一昨年から出ているが、少し引いた画角での撮影もされた朝鮮中央テレビの画面にプロンプタは映っていなかった。少なくとも各国首脳の演説と同じような位置にはプロンプタを置いていなかったことになる。その分、間違った部分は撮り直すなどしたのかもしれない。

 なお、新年の辞の放送冒頭には、金正恩委員長が妹の金与正(キム・ヨジョン)党宣伝煽動部第1副部長、趙甬元(チョ・ヨンウォン)党組織指導部副部長、金昌善(キム・チャンソン)国務委員会部長の3人を従えて歩く場面が映されている。昨年10月10日の党創建記念日に錦繍山太陽宮殿を参拝した際に金正恩委員長の横にいたのもやはり宣伝扇動部と組織指導部の幹部達であり、両部署が中心的な役割を担っていることが分かる。2016年に国防委員会を廃止して国務委員会に改編したこともそうであるが、遺訓頼みから脱して、金正恩委員長独自の時代を確立しようとしている意欲の表れとも言える。

事態進展に合わせ「新年の辞」からの修正も

 昨年の新年の辞は、韓国に対話攻勢をかける一方で米国を強く牽制したことから、米韓同盟にくさびを打つ離間策の一環であると分析された。2017年までの核ミサイル開発で対米抑止力の確保に自信を深めたことによるものとも考えられた。韓国に対してだけでなく米国にも融和姿勢を見せるようになり、トランプ批判が無くなったのは、昨年3月8日にトランプ大統領が米朝首脳会談の開催意向を示してからのことである。「核のボタン」という言葉まで使って米国を強く牽制した「新年の辞」での姿勢は、この時点で修正されたことになる。「新年の辞」で示された姿勢も、対米関係については米国という相手の反応によって変わりうるということだ。

 今年の新年の辞についても同じことを言える。内容を素直に読めば、非核化へ向けた大きな前進の可能性があるということになる。北朝鮮の体制では、最高指導者のメンツを保つことが最重要であり、最高指導者の言葉を実現させねばならないという忠誠心競争が繰り広げられるからである。ただし一方で米国が制裁強化の方針を変化させずに北朝鮮側の譲歩を迫るだけの場合、新年の辞で非核化と同時に語られた「新たな道」を模索してしまう可能性も排除はできない。


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