2023年12月6日(水)

補講 北朝鮮入門

2018年6月19日

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礒﨑敦仁 (いそざき・あつひと)

慶應義塾大学教授

1975年東京都生まれ。慶應義塾大学商学部中退。在学中、上海師範大学で中国語を学ぶ。慶應義塾大学大学院修士課程修了後、ソウル大学大学院博士課程に留学。在中国日本国大使館専門調査員、外務省専門分析員、警察大学校専門講師、東京大学非常勤講師、ジョージワシントン大学客員研究員、ウッドロウ・ウィルソンセンター客員研究員を歴任。慶應義塾大学専任講師を経て、現職。共編に『北朝鮮と人間の安全保障』(慶應義塾大学出版会、2009年)など。

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澤田克己 (さわだ・かつみ)

毎日新聞記者、元ソウル支局長

1967年埼玉県生まれ。慶応義塾大法学部卒、91年毎日新聞入社。99~04年ソウル、05~09年ジュネーブに勤務し、11~15年ソウル支局。15~18年論説委員(朝鮮半島担当)。18年4月から外信部長。著書に『「脱日」する韓国』(06年、ユビキタスタジオ)、『韓国「反日」の真相』(15年、文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)、『韓国新大統領 文在寅とは何者か』(17年、祥伝社)、『新版 北朝鮮入門』(17年、東洋経済新報社、礒﨑敦仁慶応義塾大准教授との共著)など。訳書に『天国の国境を越える』(13年、東洋経済新報社)。

 6月12日にシンガポールで行われた史上初の米朝首脳会談は、事前の期待値が高まっていただけに肩透かしを食らったかのような感じがあった。会談後に行われたトランプ米大統領の記者会見で無責任で軽はずみにも思える発言が延々と続いたこともあって、一部には「茶番劇」と断じる議論も見られる。しかし、中身に立ち入って考えてみれば評価すべき点も少なくない。日本の安全保障に直結する問題だけに、感情論を排した冷徹な検証が必要である。

写真:AFP/アフロ

北朝鮮が得た実利は確たるものではない

 会談で署名された合意文は、具体性が無く中途半端に見える。両国間の実務折衝は前日夜半まで続いたが、世紀の一括大妥結には至らなかった。トランプ大統領による首脳会談開催の意思表明からわずか3カ月という時間は、極度の敵対関係にあった米国と北朝鮮が具体的な妥結を文書化するには不足していたということであろう。

 一方で、ポンペオ米国務長官の名前を米国側代表として「詳細を詰めるための協議を続けていく」旨が明記されている。これは首脳間の文書としては異例のことであり、より大きな合意を引き出す可能性も秘めている。今後の焦点は、後続協議を通じて合意を具体化していくことと、合意の履行に移る。

 今回の合意は「朝鮮半島の完全な非核化」に留まっており、米側が求めている「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」ではない。それにもかかわらず、トランプ大統領は米韓合同軍事演習を中止する意向を示した。

 この点においては北朝鮮が米側の譲歩を勝ち取ったように見える。ただし、北朝鮮側が得た実利も確たるものではない。北朝鮮が非核化に本気で取り組まなければ、米国との国交正常化どころか制裁解除もされないという構造に変化はないからだ。しかも、タイムスケジュールを伴った工程表への具体的な合意がなければ、米側にも「安全の保証を提供」する点について解釈の余地を与えることになる。これは北朝鮮にとって好ましくない。

「米国の攻撃を恐れた」では説明できない

 米国からの攻撃を防ぐだけであれば、中韓首脳と対話を継続すれば十分である。そもそも、「力による平和」を信奉するトランプ政権であっても核・ミサイル実験を繰り返した北朝鮮を攻撃できなかった。トランプ大統領は首脳会談後の記者会見で、「北朝鮮が約束を破ったら軍事力行使を検討するのか」と問われて次のように答えている。

 「ソウル(首都圏)の人口は2800万人だ。800万人のニューヨークより大きい都市だ。軍事力を行使すれば何十万人、それどころか2000万人や3000万人の命が失われる可能性がある」

 昨年の状況を見て、北朝鮮もそのことは分かっているはずだ。そうであるならば、攻撃されるかもしれないという恐怖を抱いたから対話に転じたという見方だけでは、北朝鮮がなぜあれほどまでに米朝首脳会談の開催にこだわったかを説明できない。


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