2024年11月22日(金)

補講 北朝鮮入門

2018年6月19日

堂々と語られた「中国機を利用した」

 首脳会談翌日の朝鮮労働党機関紙『労働新聞』が1面に配した写真8枚は、いずれも金正恩国務委員長とトランプ大統領が並んだものであった。超大国である米国の指導者と肩を並べる姿は、北朝鮮の指導者が今まで一度も撮ったことのない構図である。国民に対しては金正恩国務委員長の「偉大さ」を強く印象づけるものとなっただろう。

 ただ驚くべきことに、首脳会談をめぐる北朝鮮側の報道、とりわけ新聞報道は、必ずしも金正恩国務委員長の手柄だけを称賛するものとはなっていない。特に、シンガポールとの往復に中国機を利用したことを『労働新聞』や朝鮮中央テレビが隠さず伝えたことには驚かされた。

 首脳会談の開催地がシンガポールになったのは、米朝両国にとって中立であるだけでなく、北朝鮮の政府専用機「チャンメ(大鷹)1号」の飛行可能距離を考慮した結果だった。しかし金正恩政権は実際には、旧ソ連製の旧型機である専用機で前例のない長距離飛行をするより、安全性を優先させて中国から航空機を借りることにした。中国との協力関係を米国に誇示する一方、急速な米朝関係改善を進めても中国から反発を買わないようにと考えた可能性がある。

 どちらにしても、中国機を借りたことを国民にまで知らせる必要はなかったはずだ。メンツにこだわらない実用主義の金正恩国務委員長らしいエピソードと言える。

 しかし、北朝鮮に今度こそ核放棄の意思があったとしても、「完全な非核化」の合意を履行に移す段階では様々な困難が予想される。北朝鮮の実務者はきわめて保守的であり、査察段階で問題が起きる可能性は高い。指導部で大きな方針転換が行われたとしても、従うべき具体的な命令が下りてこなければ、実務者レベルは対応できない。自らの責任で踏み込んだ判断を行うことなどないからだ。そのため金正恩国務委員長が党政治局会議や党中央委員会総会、さらには細胞委員長大会などを開いて、今回の和解が不可逆的なものであると国内に徹底できるかも焦点となる。北朝鮮において会議とは、案件を多数決で決定する場ではなく、指導者が部下たちに政策を周知徹底させる場となっている。

「米帝」との敵対からの決別

 冒頭で触れたように期待値が高かっただけに批判も大きいが、過去70年間の経緯に鑑みれば米朝首脳による会談自体が歴史的な第一歩である。『労働新聞』は、「極端な敵対関係を終わらせた」とし、金正恩国務委員長は「早い時期に実践的措置」を取ると言及した。

 北朝鮮で朝鮮戦争(1950-53)は、「アメリカ帝国主義」による侵略戦争だったとされる。その後、反米は体制を支える根幹的なイデオロギーの一部となってきた。『労働新聞』では昨年一年間に2078回も「米帝」に言及している。わずか6ページほどの紙面で一日平均5回以上連呼された計算だ。しかし、その出現回数が今年5月下旬から減少し、金正恩国務委員長がシンガポールに出発する前日の6月9日付からは完全に消えた。首脳会談後の北朝鮮国営メディアは、金正恩国務委員長がトランプ大統領と笑顔で接している場面を何度も報じている。

 これは、対米関係改善を進める強い意志を示すものだ。最終的には国交正常化が目指されることになる。「米帝」を非難してきた中国は1979年、ベトナムは1995年、キューバは2015年にそれぞれ米国と国交正常化を果たしている。長い道のりとなろうが、北朝鮮としては最終的には米越関係のような状況を想定しているのではないか。

北朝鮮の態度変化には注意が必要

 トランプ大統領は、非核化のプロセスにおける「段階別、同時行動原則」という北朝鮮の主張に歩み寄った。この点については北朝鮮の勝利といえる。しかし、非核化を交換条件とした国交正常化への具体的な工程表を詰めるのはこれからだ。

 米朝関係はこれから紆余曲折がありつつも改善に向かうだろう。ただし、北朝鮮は「取引」相手の態度によって変化するということには注意すべきだ。「経済建設と核武力建設の並進路線」に突然終止符を打つなど、「完全な非核化」に向けた心積もりが垣間見られるようになったのは、トランプ大統領が米朝首脳会談開催の意向を示した3月8日以降である。「完全な非核化」を実現させるには、トランプ大統領が合意の履行を迫り続けることが前提となる。

 核弾頭と大陸間弾道ミサイル(ICBM)の放棄をもって米国への脅威が解消されたと判断し、トランプ大統領が安易な妥協をしてしまう可能性は残っている。わが国は、トランプ政権に対して「CVID」にこだわるべきだと強く要請し続けなくてはならない。
 

  
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