見返り次第で核放棄はありうる
長年にわたって口汚く非難してきた「米帝」のトップと第三国で会談するのは、金正恩国務委員長にとってリスクを伴うものだ。現時点で軍部を含む体制の掌握に自信を持っているとはいえ、宿敵との歴史的和解という突然の方向転換が長期的に何をもたらすかは誰にも分からない。
多大なコストと時間を掛けた核兵器は、容易に手放せるものではない。しかし、北朝鮮にとって核ミサイルはあくまでも体制護持の手段であり、核保有そのものを目的化しているわけではない。米国から不可逆的な体制の安全の保証が得られるとの確信が持てれば、核放棄は可能となる。北朝鮮は、核を最良のタイミングで手放すために保有したと言っても過言ではない。
現実にはCVIDを貫徹することなど難しいという事情もあろう。北朝鮮の保有する核兵器の数は正確に分からないから、少数ならば隠し通せる可能性がある。さらに、もし完全に放棄したとしても周辺国から「いつでも作る能力を持っている」と思われているだけで一定の抑止力は確保できる。
トランプ政権の間に成果を確定させたい金正恩氏
それにもう一つ。核放棄に応じるはずがないという日本の議論には、気になる点がある。
核抑止力を持たなければ安心できないという安全保障上の理由を述べつつ、「これだけ苦労して開発した技術を手放すことなど心情的にできないはずだ」という感覚が垣間見られることだ。モノづくりにかける職人魂への執着とでも言えるのだろう。日本人としては理解できる感覚だ。ただし、そんなことを考える国民が国際社会において普遍的であるかは疑問である。米国の起業家が自ら手がけた会社を高値で売り、また新しい事業を始めていくように、金正恩国務委員長はドライな感覚を持っているのではなかろうか。米朝首脳会談を前後した動きは、そのための条件整備の一環ととらえることもできるのである。
北朝鮮の核保有は、米国からの脅威の高まりや経済制裁の強化などデメリットも大きい。34歳の金正恩国務委員長は数十年先を見据えて、現体制を温存するために米国との交渉に踏み出した。最近の北朝鮮メディアの報道では、社会主義と内政不干渉を強調し、「帝国主義の思想・文化的浸透」を防ぐことについての主張が目立つ。金正恩国務委員長は、体制を温存するために生存戦略を変化させようとしているのだ。
韓国が南北和解に熱心な文在寅政権であり、米国が「ビッグディール」を好むトランプ政権だというのも金正恩国務委員長にとっては好機である。トランプ大統領は歴代政権に比べて人権問題に関心が薄く、記者会見でも核問題を優先させる姿勢を明確に示した。金正恩体制の存続を図るためには国内での政治的抑圧が不可欠だと考えるなら、交渉相手としてトランプ大統領は最高である。
米国の次期政権がトランプ政権と同じようなスタンスを取るかなど予測できない。北朝鮮としては、トランプ政権の間に「ディール」の成果を確定させる必要があろう。