2024年12月22日(日)

補講 北朝鮮入門

2018年5月29日

 米国のトランプ大統領と北朝鮮の金正恩国務委員長は、世界でもっとも理解しがたいと考えられている政治指導者だろう。史上初の米朝首脳会談まで1カ月を切ってから、中止だ、いや開催だと世界中を騒がせた。北朝鮮の非核化で合意し、実際の履行につなげられれば文字通り歴史的となる会談を前にした駆け引きは激しさを増している。

(写真:AFP/アフロ)

 発端となったのは米国のボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)を批判した北朝鮮の談話だ(5月16日)。ボルトン補佐官が北朝鮮の嫌う「リビア方式」を強調したことに反発したもので、トランプ大統領はこの時には「リビア方式を北朝鮮に適用する考えはない」と火消しに走った。ところが北朝鮮は24日朝にペンス米副大統領を「間抜け」と罵倒する談話を発表。トランプ大統領は即座に「米朝首脳会談の中止」を通告する金正恩国務委員長宛の書簡を公表した(日本時間24日深夜)。これに対して北朝鮮は反発するのではなく、10時間も経たないうちにトランプ大統領を「内心で高く評価してきた」と下手に出る談話を出した(日本時間25日朝)。

 これで一気に流れは対話基調に戻った。金正恩国務委員長は25日午後、韓国の文在寅大統領と通話し、翌日には板門店の北側区域で1カ月ぶりとなる南北首脳会談を電撃的に実現させている。

 米朝間では今後も激しい駆け引きが展開されるだろう。今後の展開をみる際の道しるべとして、今回の騒動で発表された北朝鮮の談話やトランプ大統領の書簡について考えてみたい。

実質的に引退した長老「個人の」談話が発端に

 発端となったのは5月16日に朝鮮中央通信で発表された金桂冠(キム・ケグァン)第1外務次官の談話だ。金桂冠次官は冒頭でトランプ大統領を「歴史的に根深い敵対関係を清算し、朝米関係を改善しようとする立場を表明した」と評価しつつ、結論としては「一方的な核放棄を強要しようとするなら、われわれはそうした対話にもはや興味を持たないだろうし、今後の朝米首脳会談に応じるか再考せざるを得なくなるだろう」と警告した。 

 非難の対象となったのは、ボルトン補佐官らが「リビア方式」を主張したことだ。ボルトン補佐官は「まず北朝鮮に核を放棄させ(先・核放棄)、それから見返りを与える(後・補償)」という意味でのリビア方式を強調したのだが、北朝鮮の受け止め方は全く違う。

 金正恩国務委員長は核開発を進める理由に「中東諸国の教訓」を挙げてきた。リビアのカダフィ政権は米英との秘密交渉の結果として核放棄に応じたものの、その後、米英の支援する反体制派によって体制崩壊に追い込まれた。それを反面教師として核開発に邁進してきた北朝鮮にとって「リビア方式」などと言われることは耐えがたかったのだろう。

 米朝首脳会談へ向けた米国との折衝の中で芽生えた不安を反映したという側面も指摘できそうだ。

 金正恩国務委員長はこの間、核・ミサイル実験の凍結を宣言し、経済建設と核開発を両方進めるという「並進路線」も取り下げ、拘束していた3人の米国人を解放し、核実験場の廃棄を公開した。北朝鮮側からすれば譲歩を重ねてきたつもりだが、米国側からは何も見返りがない。そのことに不満を抱くとともに、米朝首脳会談で非核化に合意し、実際に履行しても十分な見返りを受け取れないのではないかと不安を募らせた可能性がある。

 ただ、そうした心情を素直に訴えることは難しい。そこで、後述するように北朝鮮としては軽い扱いである「個人の談話」として不満をぶつけ、米国に譲歩を迫ったと考えられる。いわば、北朝鮮がこれまで用いてきた手法を使ったということだ。

 トランプ大統領はこれに対して、リビア方式を北朝鮮に適用することはしないし、核放棄に応じるなら金正恩体制は「きわめて強力な保護」を得ることになると語った。ここまでは北朝鮮の思惑通りだっただろう。


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