2024年11月22日(金)

補講 北朝鮮入門

2019年1月4日

非核化の進展は、あくまでも米国次第

 トランプ米大統領との再会談については「いつでもまたアメリカ大統領と対座する準備ができており、必ず国際社会が歓迎する結果をもたらすために努力する」と述べた。これを受けてトランプ大統領もツイッターに「私も再会を楽しみにしている」と投稿した。

 金正恩委員長が米朝関係進展への意欲を見せたことは歓迎されるべきだが、新年の辞は同時に「米国が、世界の前で行った自らの約束を守らず、わが人民の忍耐心を誤認しながら一方的に何かを強要しようとして、依然として共和国に対する制裁と圧迫に進むのならば、われわれとしても仕方なく国の自主権と国家の最高利益を守護し、朝鮮半島の平和と安定を築くための新たな道を模索せざるを得なくなりうる」と牽制している。非核化の進展はあくまでも米国次第ということであり、今後も激しい駆け引きを続けていくという予告である。

 中国への言及は微妙だ。

 昨年3回にわたって訪中したことには触れた。但し、「米国大統領」への言及はあっても(2回)、「中国国家主席」についての言及は無い。さらに、自らの訪中とキューバ代表団の訪朝を同列に並べて「社会主義諸国間の戦略的な意思疎通と伝統的な親善協調関係」の強化だと評価している。金正恩委員長が新年の辞で米韓両国以外について言及するのは初めてであるが、中国との友好関係を謳いすぎてトランプ政権の気分を害さないよう留意したと考えられる。

 一方で、休戦体制を平和体制に転換するためには多国間協議が必要との認識が示された。米朝間の合意が不可逆的なものになるよう、中韓両国に保証を求めるような動きも見られよう。

昨年の南北関係進展に自信を見せるが……

 これまで韓国を指していた「南朝鮮」(昨年8回)という用語は消えた。米韓による「合同軍事演習」と「戦争装備の搬入」中止を求めたほかは、南に対して一方的に要求を突きつけるのではなく、「北と南が・・・」といったように南北双方が主語になっている文が多い。

 「民族の合意に基づいた平和的な統一方案を積極的に模索し、その実現のため真摯に努力を傾けるべき」との表現もあるものの、実際には南北関係が進展するにつれて「統一」への言及は激減している(2016年27回、2017年17回、2018年12回、今年7回)。本当に統一を目指すのならば南北関係の進展に鼓舞されて「統一」を強調するだろうが、むしろ逆である。これは、本気で南北統一を目指しているわけではないことの現れだろう。韓国の文在寅大統領も同様で、「平和共存」という対北政策の大目標は統一とは距離を置いた考え方である。この点では南北の思惑は一致している。

 70年間の分断を経て、南北の経済的格差は比較をためらうほどに広がった。社会的な相違点も多くなった南北の指導者による抱擁は、平和を構築するために分断の固定化を事実上認め、実質的な統一は先送りしたと考えるべきであろう。そのことは、「統一」への言及が激減した一方、「平和」への言及が急増していることからも読み取れる(2017年6回、2018年10回、2019年25回)。

 昨年の南北関係は3回の首脳会談を重ねて融和ムードに転じた。板門店宣言と9月平壌共同宣言、軍事分野の合意書は「事実上の不可侵宣言」だとも誇示された。ただし、北朝鮮が得た実利はそれほど大きくない。南北の鉄道を連結し、北朝鮮国内の鉄道近代化を進めようという事業は着工式にこぎつけたものの、国連制裁がかかったままでは本格的な事業開始など望めない。

 金正恩委員長は新年の辞で、開城工業地区と金剛山観光の無条件再開を韓国に呼びかけた。「工業地区に進出していた南側の企業人の困難な事情と、民族の名山を見たいという南の同胞の願いを察して」とのことだというが、実現すれば北朝鮮にとって重要な外貨獲得手段になることは間違いない。具体的な提案はこれだけだが、いずれも昨年9月19日に文在寅大統領との間で署名された「9月平壌共同宣言」で既に合意されていることだ。どちらも文在寅政権の支持層には受けが良さそうな事業であり、経済政策の失敗で支持率が落ち込んだ文在寅政権は実現させたいだろう。それでも核問題をめぐる米朝交渉の進展がなければ、どちらの事業もスムーズに進めることは難しい。

 韓国政府は昨年末、金正恩委員長のソウル訪問を実現させることに執着していた。昨年9月の南北首脳会談で「近いうちに」と合意され、文在寅大統領が「年内」という見通しを明言したものだ。韓国側が昨年中に実現させようと焦ったのは「年内」という文在寅発言をウソにしないためではあるものの、制裁緩和なしでも可能な事業がその程度しか残っていないという手詰まり感の反映でもあった。米朝関係が進展しない限り、この状況は今年も変わらないだろう。

 ただ新年の辞には、南北関係の進展に備えたと考えられる部分もある。「社会主義」への言及が32回に及んだことだ(昨年22回)。「どんなに情勢や環境が変わろうとも」、独自の体制、社会主義制度を堅持するという決意表明であろう。開城工業地区や金剛山観光が再開される場合に備えた引き締めと考えられる。外交を含めて過去とは異なる政策に取り組む姿勢を示すものの、体制護持に影響するような動きは認めないということだ。

 その他に「経済」への言及回数も一昨年の18回、昨年の21回から38回へと急増した。とりわけ「自立経済」を7回連呼したほか、「自力更生」(3回)、「自強力」(1回)への言及も目立った。「制裁」(3回)の影響を受けても自らの資材、自らの技術で経済発展を目指す姿勢が強調された。対米交渉が順調に行かないことも念頭に置いていると考えられる。


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