2023年2月8日(水)

立花聡の「世界ビジネス見聞録」

2019年4月2日

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立花 聡 (たちばな・さとし)

エリス・コンサルティング代表・法学博士

1964年生まれ。早稲田大学理工学部卒。LIXIL(当時トステム)東京本社勤務を経て、英ロイター通信社に入社。1994年から6年間、ロイター中国・東アジア日系市場統括マネージャーとして、上海と香港に駐在。2000年ロイター退職後、エリス・コンサルティングを創設、代表兼首席コンサルタントを務め、現在に至る。法学博士、経営学修士(MBA)。早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。

 

中国での終盤戦、「収穫組」と「逃げ遅れ組」

 2018年3月16日、李嘉誠氏は90歳を前に引退を宣言し、現役を退いた。引退会見では、中国政治にも触れ、改憲に伴う習近平主席の続投可能性について、「私に投票権があったら、習主席の続投に支持票を投じるだろう」とリップサービスするなど、政治的バランス感覚はまったく鈍っていなかった。

 2018年の旧正月頃、李嘉誠氏一族傘下の長江実業上海子会社では、密かに大規模リストラが始まった。中国の金融・経済情報専門メディアである財聯社が2018年8月24日付けで報じたところによると、リストラは上海法人の投資企画やマーケティング、工事など複数の職能部門にわたり、多くの従業員が解雇された。

 さらに報道は内部関係者の話を引用し、「上海法人ではこれまでに大型リストラは一度もなかった。今回はあまりにも突然で規模が大きいだけに、ほかに原因があったのではないか」と異変を報じ、「李嘉誠氏は中国撤退ではないとしているが、言っていることとやっていることが違う。今回の大型リストラは、李氏が中国本土の不動産事業から完全撤退するサインだ」と指摘した。

 高校を中退した李嘉誠氏はプラスチック製の造花を輸出して財をなし、不動産、港湾、エネルギー、通信にわたる一大商業帝国を築き上げた。動乱の時代を乗り越えるためには、ビジネスや経営の才覚だけでなく、政治的な嗅覚も欠かせない。これらを兼ね備えているのが李嘉誠氏であった。

 私の感覚では、2010年以降の外資による中国事業は、ほぼ終盤戦参入に等しい。勝率はかなり低くなっていた。しかし、終盤戦の数年間は、李嘉誠氏にとっての収穫期に当たる。彼は2013年から6年にわたって完熟した果実を収穫し、新天地で新たな種まきを着々と進めてきた。彼の動きは、必ずしも時流に乗っているように見えなかったりもするが、そうした「異端児」的な動きから、揺れ動く世界のメカニズムを読み取る力を垣間見ることができた。その力は、サバイバルの本能を誇示する野性的なものであった。

 知り合いの中国人や台湾人の実業家・経営者たちで密かに李嘉誠氏の動きをモニタリングしている人が多い。それでも、李氏に同期してリアクションすることが難しいのは、人間はやはり目先の事象に目を奪われる生物であるからだ。

 日本人は海外に行っても、往々にして同胞の行動にしか目を向けようとしない。すると、二次情報どころか、三次情報や四次情報をつかまされる。それでは勝ち目がない。中国も一時期、「世界の工場」やら「13億人の巨大市場」やら大騒ぎされる時期があったが、世の中はそう甘くないのである。

「経営者にとって最も重要な仕事とは、すでに起こった未来を見極めることである」(ピーター・F・ドラッカー『断絶の時代』)。李嘉誠氏はその良き実践者であった。

  
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