3月31日に行われたトルコの統一地方選挙は、エルドアン大統領の信任投票の意味合いが強かったが、エルドアンの与党AKP(公正発展党)は苦戦を強いられた。トルコの高等選挙委員会(選挙管理委員会)は、エルドアン大統領の率いる与党連合が首都アンカラで3%の差で敗北したほかに、最大都市イスタンブールでも野党候補が2万票の差で勝利したと発表した。全体の得票率では与党連合が過半数を越えたが、都市部では野党が健闘した。
イスタンブールは特に重要である。エルドアン自身中央政界に乗り出す前はイスタンブールの市長だった。エルドアンは2017年の国民投票の際、「イスタンブールで躓けば、トルコでの足場を失う」と言ったという、そのイスタンブールでの敗北はエルドアンにとって大きな痛手であろう。AKP側は開票結果の発表直後に異議を申し立て、再集計が開始された。4月7日には、改めてイスタンブールの全投票の再集計を求めるなど、なりふり構わない印象を受ける。当初の発表通りになるにせよ、再集計で逆転するにせよ、極めて接戦であったことに変わりはない。
エルドアンは反対勢力や報道機関を厳しく弾圧し、独裁体制を強化してきたと見られてきただけに、今回の地方選挙の結果は、驚きを持って迎えられた。エルドアン就任以来の政治的激震とも言われている。
その原因は何よりも経済の不振と見られる。エルドアンは建設と消費の推進を中心とする成長政策を推進しようとしたが、昨年の通貨危機でリラが暴落し、インフレは一時25%に達した。2018年10~12月期のGDPは8四半期ぶりにマイナスとなった。失業率はトルコ統計局の発表によれば、昨年12月には11.4で、若者の失業率は20%を超えると見られている。実際の失業率はこれを上回るものだろう。このような経済の不振の影響を一番受けたのが都市部の住民であり、彼らはエルドアンの経済政策に不満を募らせた。1992年の米大統領選でビル・クリントンとジョージH・W・ブッシュが選挙戦を戦った時、”It’s the economy, stupid” (「経済だよ、バカ」)という表現が有名になった。重要なのは経済だということである。これはいずれの選挙にもあてはまる真理なのだろう。
今回の統一地方選挙で与党連合が都市部で敗北したもう一つの理由として挙げられているのが、反対派の健闘である。反対派は、これまでになくよく組織され、特に野党の共和人民党(CHP)は、十分に選挙準備を行ったと報じられている。エルドアンが強権的な手法で反対勢力を厳しく弾圧をしてきたことを考えると驚きである。今回の反対派の健闘は、トルコの民主主義が機能していることを示すものである。
今後のトルコの政情は、エルドアンがこの選挙結果に如何に対応するかに大きくかかっている。エルドアンが選挙結果を受け入れない可能性は排除できない。エルドアンには前歴がある。上述の通りイスタンブールでは再集計が行われているが、「イスタンブールで躓けば、トルコでの足場を失う」と言ったエルドアンが、イスタンブールで敗北の結果が出た場合、それをすんなり受け入れるかどうか分からない。ただ、エルドアンがそれを受け入れなければ、エルドアン政権の正当性の問題が議論されることになるだろう。これはエルドアンとしても避けたいところと思われ、やはり紆余曲折があっても選挙結果を受け入れざるを得ないのではないか。
今回の選挙結果を踏まえて、エルドアンが経済の立て直しに取り組むことが最優先課題であろうが、外交も重要である。カギは対米関係である。ロシアのS400対空ミサイル・システムの導入はトランプ政権として受け入れられず、米国防総省は4月1日、トルコに対する「F35の運用に必要な出荷や活動を停止した」ことを明らかにした。これはF35の調達自身を拒否したのではないが、調達の妨げになり得る措置であり、明らかにトルコに対する牽制である。
対米関係が重要なのは安全保障面に限らない。昨年のリラの暴落はトルコの米国人牧師の投獄に対する制裁をきっかけとして起きたもので、経済の面でも大きな影響がある。ただ、エルドアンはNATOの一員としての立場にとらわれず、ロシアに接近を試みたりしており、対米関係を最優先には考えていない節がある。米・トルコ関係は今後も波乱含みと言えよう。
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